閉じる

令和2年(2020年)8月20日(木) / 南から北から / 日医ニュース

寅さん

 「男はつらいよ」という映画が上映から50年を数えた。東京は葛飾柴又を舞台にした人情喜劇である。私が初めてこの映画を観たのは中学1年の時で黒石劇場であった。どうすれば人が笑い、人が泣くのかを教えてもらった気がする。とにかくこれほど笑った映画は記憶に無かった。
 以降、49作目まで続いた映画の渥美清さん演じる車寅次郎(寅さん)は、テキ屋業をなりわいとし、日本中を旅している。寅さんという人は荒々しい、粗暴、けんかっ早い、口が達者、差別発言頻回、デリカシーが無く間が悪い、だが人情に厚く妹思い、面倒見が良い、純粋、一途、ユーモアたっぷり、有名人やインテリに好かれる、とかなり興味深い人物である。
 ある日、ふらりと「とらや」という団子屋を営むおいちゃん、おばちゃんの所へ帰って来る。異母妹「さくら」夫婦や隣に住む工場の社長等に歓待を受けるが、何気ない日常会話からどういうわけか取っ組み合いのけんかが始まったり、寅さんの職探しが全く思うようにいかずトラブったり、勘違いから死んでもいない人の葬式の準備をしてみたり、警察沙汰や入院騒ぎの騒動を起こす。最後にはお決まりのごとく失恋して、ふらりと旅に出てしまう。
 映画では北海道から沖縄まで地方の風景が映し出され、おらが町にも寅さんがふと現れるような気さえしてくる。
 そして実際中学3年だったと思う。弘前駅前の本屋さんで立ち読みをしていると、寅さんが入店して来た(第7作目「男はつらいよ・奮闘編」でロケ地が弘前市、鯵ケ沢町だった)。びっくりした。
 「寅さんですか?」無言で「うむ」そして「学校のお帰り?」と寅さん。「はいっ......寅さんの映画、全部見ました」寅さんは無言で「ああ」と、うなずきながら棚の本一冊を、ゆっくりと出したり引っ込めたりしていた。
 沈黙の後、言葉が浮かばずに「頑張ってください」そう言ってぺコリとお辞儀をして後ろも見ず急いで店を出た。飛び上がるほどうれしかった。でも怖く緊張した。
 後に冷静になってから、考えてみた。寅さんなら茶目っ気たっぷりに映画の口調で「学生さんかい? 勉強しろよ。でないと寅みたいになっちゃうぞ」と、いった冗談の一つも期待したのだが、そんなに甘いわけがない。普段は寅さんではないのだから。
 やはり「渥美清さんですか?」と声を掛けるべきだったのか。そうすれば少し展開が変わっていたのか。いや、声を掛けるべきじゃなかったのか。大スターは遠くから見ているだけが良かったのかも。
 14歳の切ない思い出である。

(一部省略)

青森県 南黒医師会報 第101号より

戻る

シェア

ページトップへ

閉じる