医師のみなさまへ

医の倫理の基礎知識 2018年版
【医師の基本的責務】A-11.ジュネーブ宣言

畔柳 達雄(日本医師会参与、弁護士)


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 1947年9月創設された世界医師会(WMA)は、1948年9月第2回総会(ジュネーブ)で「ジュネーブ宣言」(Declaration of Geneva;DoG)を採択した。

 本稿では、まず、1948年採択のDoGについて説明したうえで、70年振りに初めて抜本的見直しを受けた、2017年「シカゴ改訂DoG」について解説する。

 1948年採択のWMAジュネーブ宣言については、中川米造先生の名訳がある。以下、若干補正(下線部分)を行い、各条項の冒頭に原典にはない一連番号を付したものを掲載する(表1)。

 訳文から明らかなように、この宣言文は、たとえば新人医師が医師会などの専門職団体・組織に入会する際に読み上げることを予定した文章である。宣誓の名宛先は、加入専門職団体およびその構成員ならびに患者および社会である。

 この宣言の特徴は、1948年という採択当時の医師・患者関係を反映して、患者は治療の対象・客体であり、全ての決定権は医師にあることが前提とされている。医療は男性の仕事と考えられ、医師専門職集団の「教(恩)師」を父親、「弟子」を子ども、「同僚」を兄弟(後に兄弟姉妹と表現)に見立てた、家父長型組織を考えている。宣言第3項、第8項は、その表れで、ヒポクラテスの誓いの強い影響下にある。

 1948年DoGは、2006年5月ディボンヌ・レ・バン理事会の編集上の修正を含めて、合計4回の部分的な修正・改訂を経たが、基本的な骨格・内容は当初のものとほとんど変わっていない。

 2015年5月WMAオスロ理事会は、医の倫理員会にDoG改訂作業部会を設置し、全面見直しを委ねた。その成果が、2017年10月14日シカゴ総会で採択された「シカゴ改訂DoG」であり、即日発効している。

表2に2017年シカゴ改訂DoGの本文(英文および拙訳)を掲載する。シカゴ改訂は、2006年最終改訂のDoGを対象に行われたが、改訂の結果、条項の並べ方(順序、構成)が大幅に変更された。各条項末尾にその条項が新設・変更された年を付記した。

表1 ジュネーブ宣言

1948年9月、スイス、ジュネーブの世界医師会第2回総会で採択

  1. 医師の一人として入会を許されるに当たり
  2. 私は自分の人生を人間への奉仕に捧げることを厳かに誓います。
  3. 私は自分の教師たちに、それが彼らの報酬である尊敬と感謝を捧げます。
  4. 私は自分の仕事を良心と尊厳を持って行います。
  5. 私の患者の健康を第一に考慮します。
  6. 私は私に打ち明けられた秘密を尊重します。
  7. 私は全力をつくして高貴な医業の伝統を維持します。
  8. 同業者は兄弟とみます。
  9. 私の義務と私の患者の間に、宗教・国籍・人種・政党・社会的地位の介入を許しません。
  10. 私は人間の生命を、その受胎の時以降、できるだけ尊重するように努めます。
  11. たとえ脅迫されても、私は自分の医学的知識を人間の法則に反するようには使用しません。
  12. 私は、この誓いを、厳かに、自由意志で、私の名誉にかけて守ります。

 2017年改訂DoGの特徴は、半世紀余の時の流れで生じたインターネットなどの普及による可視化の増大などを含む、急速な科学技術の革新・著しい社会関係の変化を受けて、時代に即した用語で、宣言・内容を表現し、論理的な順序(構成)に改め、サブタイトルを付したところにある。

 すなわち新しい構成(順序)は、「1.2つの前置き条項(第1、2項)、2.患者に対する責務(第3~7項)、3.専門職に対する責務(第8、9、10項)、4.自己に対する責務(第11、12項)、5.社会に対する責務(第13項)、6.誓約(第14項)」となっている。

 対患者関係で新しく追加された重要事項の第一は「患者の自律性(patient autonomy)の尊重」を掲げたこと(第4項)、第二は宣誓者の医師が「高い医療水準にしたがって(in accordance with good medical practice)」専門業務を実践するとしたこと(第8項)である。第三は修得した医学的知識を患者の利益と医療進歩のために共有するとしたこと(第11項)、そして第四は最高水準の医療提供のために自身の健康、福利および能力向上に専心することを約束したこと(第12項)である。さらにこれらに勝るとも劣らない重大な変更は、参加集団の構成員に医学生を加え、学生、同僚および教師との間の相互(双方向での尊敬と敬意の)関係として表現した第10項を新設したことである。

 当然ではあるが、出発に当たって1948年DoGが導入した、それ以外の重要条項「患者の健康と福利を第一の関心事とする」(第3項)、「人類への奉仕に人生を捧げる」(第2項)、「人命を最大限尊重する」(第5項)、「患者を差別しない」(第6項)、「患者の秘密を保持する」(第7項)、「たとえ脅迫下にあっても人権や市民の自由を侵すために自分の医学知識を使用しない」(第13項)「医師の名誉と高貴な伝統を育む」(第9項)は、一部用語を現代化して、不変のまま残されている。

 しかし、1948年採択のDoGでは、前述したごとく、当時の医師・患者関係を反映して患者は治療対象・客体で、全ての決定権は医師にあることが前提とされ、ヒポクラテス学派以来の家父長型集団の色彩を温存していた。

 これに対して今回の2017年改訂DoGは、患者を客体から主体に改めて「patient autonomy」の概念を正面に据えた点および医師専門集団につきヒポクラテス以来の家父長型集団観を全面的に排除し医師集団の民主化を徹底して、現代的な人間関係を回復した点の二点で、まさにコペルニクス的な大転換を成し遂げた21世紀の大改訂と評することができる。

表2 WMA Declaration of Geneva
(WMA ジュネーブ宣言)
The Physician's Pledge (医師の誓い)

  1. AS A MEMBER OF THE MEDICAL PROFESSION:

    医師の一人として(2017)

  2. I SOLEMNLY PLEDGE to dedicate my life to the service of humanity;

    私は、私の人生を人類への奉仕に捧げることを厳粛に誓う。(1948)

  3. THE HEALTH AND WELL-BEING OF MY PATIENT will be my first consideration;

    私の患者の健康と安寧が、私の第一に考慮すべきことである。(1948,2017)

  4. I WILL RESPECT the autonomy and dignity of my patient;

    私は、私の患者の自律と尊厳を尊重する。(2017)

  5. I WILL MAINTAIN the utmost respect for human life;

    私は、人命に対して最大限の尊重の念を持ち続ける。(1948,2017)

  6. I WILL NOT PERMIT considerations of age, disease or disability, creed, ethnic origin, gender, nationality, political affiliation, race, sexual orientation, social standing or any other factor to intervene between my duty and my patient;

    私は、私の医師としての職責と患者との間に、年齢、疾患もしくは障害、信条、民族的起源、ジェンダー、国籍、所属政治団体、人種、性的志向、社会的地位あるいはその他いかなる要因でも、そのような要因に対する配慮が介在することを容認しない。(1948,2017)

  7. I WILL RESPECT the secrets that are confided in me ,even after the patient has died;

    私は、私への信頼のゆえに知り得た患者の秘密を、たとえ患者の死後においても尊重する。

  8. I WILL PRACTISE my profession with conscience and dignity and in accordance with good medical practice;

    私は、良心と尊厳をもって、そして最高の医学水準に従って、私の専門職を実践する。

  9. I WILL FOSTER the honour and noble traditions of the medical profession;

    私は、医師の名誉と高貴な伝統を育む。

  10. I WILL GIVE to my teachers, colleagues, and students the respect and gratitude that is their due;

    私は、私の教師、同僚および学生に、彼らが当然受けるべき尊敬と感謝の念を捧げる。(1948,2017)

  11. I WILL SHARE my medical knowledge for the benefit of the patient and the advancement of healthcare;

    私は、患者の利益と医療の進歩のために、私の医学的知識を分かち合う。(2017)

  12. I WILL ATTEND TO my own health, well-being, and abilities in order to provide care of the highest standard;

    私は、最高水準の医療を提供するために、私自身の健康、安寧および能力に注意を払う。(2017)

  13. I WILL NOT USE my medical knowledge to violate human rights and civil liberties, even under threat;

    私は、たとえ脅迫の下にあっても、自分の医学的知識を使って、人権や国民の自由を侵害することはしない。(1948,2006,2017)

  14. I MAKE THESE PROMISES solemnly freely, and upon my honour.

    私は、以上の約束事を、厳粛に、自由意思により、そして名誉にかけて誓う。(1948)

(平成30年8月31日掲載)

目次

【医師の基本的責務】

【医師と患者】

【終末期医療】

【生殖医療】

【遺伝子をめぐる課題】

【医師とその他の医療関係者】

【医師と社会】

【人を対象とする研究】

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