医師のみなさまへ

医の倫理の基礎知識 2018年版
【医師と患者】B-17.認知症患者の自動車運転と医師の対応

渡辺 憲(鳥取県医師会会長)


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1.改正道路交通法と高齢者の運転免許

 2017年3月12日より、改正道路交通法が施行された。すなわち、75歳以上の高齢者が運転免許を更新する際には、運転免許センターにて認知機能検査が行われ、第1分類(認知症のおそれがある)とされた人については、医師の診断書が求められ、認知症の診断書が提出された場合は、公安委員会にて運転免許更新が拒否されることになった。

 運転技能の衰え、事故を起こす危険性について、認知症の有無のみで判定することには異論もあろうが、他に適切な技法が開発されていない現在、医師が法に基づき適切に対応することが求められている。すなわち、認知症の診断を精緻に行うとともに、患者の安全な社会生活へ向けた丁寧な指導が重要である。

 元来、医師には、患者が住み慣れた地域において健康で安全な社会生活が送れるよう指導・支援を行う役割が期待されている。すなわち、転倒のリスクが高い患者に、杖や車椅子を用いて移動するように指導するのと同様に、明らかに認知機能の障害が進みつつあり、自動車運転に危険が予想されるケースにおいては、運転を断念するよう説得し、また、運転免許更新の際に診断書を求められた際には、適切に診断することが重要である。

 その際、認知症と診断したケースにあっては、診断書提出後の公安委員会での審査において免許証の更新が認められない可能性が高いことを丁寧に伝えることが大切である。これによって、患者から免許証の更新を断念する旨の申し出があった場合、診断書を作成しないで、運転免許証更新の手続きの取り下げを指導するのも一法である。

2.日常診療で認知症患者が自動車運転を行っているのを把握した場合

 今回の法改正の前から、認知症など「一定の病気等に係る運転者対策」として、日常診療において認知症またはその疑いのある患者が自動車運転をしていることを把握した場合、医師はその旨を公安委員会へ届け出る制度があった。届け出がなされた場合、公安委員会の命令により、患者は臨時適性検査として専門医を受診し、診断の内容によっては運転免許が取り消しとなる。ただし、医師の届け出は任意であり、患者との治療関係から、実際の届け出は少ないのが現状である。

 この制度にかかわらず、認知症の病状によって、運転が危険になっている患者に対しては、家族の協力のもと免許証の自主返納を指導すべきであろう。

3.運転免許制度における認知症診断のポイント

 認知機能の低下がみられても、明らかに認知症のレベルとは判断しきれない境界域(軽度認知障害:MCI)のケースも少なくない。認知症の診断には、認知機能の障害によって日常生活に支障を来たしていることを確認することが必須で、認知症の定義(介護保険法、DSM-51))に明示されている。すなわち、認知機能のある領域における明らかな障害がみられたとしても、日常生活に支障を生じていなければ厳密には認知症とは診断できない。

 日本医師会では、「かかりつけ医向け認知症高齢者の運転免許更新に関する診断書作成の手引き」を作成し、法施行前の2017年3月8日よりホームページに公開している。手引きにおいて、認知症を診断するにあたって、必ず、改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)、ミニメンタルステート検査(MMSE)等の認知機能検査を行うことを求めている。そのなかで、認知症の可能性を推測する目安として、両スケールとも20点以下の評点と定めている。以上の点数はあくまで目安であり、日常生活の障害、人格変化、幻覚妄想症状、意識レベルの変動等を精査し、必要に応じて画像検査も加味して、総合的に診断することが重要である。

4.運転免許証を失った高齢者への医師の支援

 運転免許証を失った高齢者が自宅に引きこもり、孤立することなく、地域活動が継続できるよう、市町村行政と連携して相談、支援、健康指導にあたることが新たな医師の役割として期待されている。

文献

1) American Psychiatric Association著,日本精神神経学会監修,高橋三郎,大野 裕訳:DSM-5―精神疾患の診断統計マニュアル.第5版,医学書院,東京,2014.

(平成30年8月31日掲載)

目次

【医師の基本的責務】

【医師と患者】

【終末期医療】

【生殖医療】

【遺伝子をめぐる課題】

【医師とその他の医療関係者】

【医師と社会】

【人を対象とする研究】

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