Interview【臨床研究に携わる医師】(前編)
患者さんに選ばれる医師でありたい
患者さんの社会復帰の力になりたい
――先生は、なぜ整形外科を専門にされたのですか?
田代(以下、田):もともと、工作など手を動かすことが好きで、骨や靱帯を繋げるような手技には純粋に興味がありました。その中でも整形外科が良いと思った点は、患者さんが社会復帰していく姿を間近に見ることができることです。起き上がることもできなかった人が、自分の足で歩けるようになり、社会や仕事に復帰していくところを、目に見える形でお手伝いすることができる。それは、とてもやりがいのある仕事だと感じました。
――先生が所属する教室では、大学院に進学するのは当たり前だったのですか?
田:いえ、博士課程に行く人は半分くらいだと思います。私も卒後2~3年目までは迷っていました。大学院に行くと、臨床の技術や経験の面で周囲に遅れを取るのではないかという懸念が大きかったですが、その時期は臨床現場にいても地道な下働きが多いので、臨床面でのビハインドは結果的にはあまり感じませんでした。週に2日は臨床に出させていただいたので、勘が鈍ることも生活に困ることもなかったです。
手技の上達への探究心
――研究のテーマには、どんな経緯で出会ったのでしょうか?
田:大学院に入学後、バイオメカニクスの研究室に入れていただきました。基礎研究を現場に活かす、基礎と臨床の橋渡し的な役割を担う分野です。CTやMRIなどの医用画像を処理して、手術の教育やシミュレーションに活かすことに取り組むグループでした。私は院に入る前から、関節鏡の手術ビデオの編集が好きで、時間がかかるから他の人がやりたがらない仕事も引き受けてやっていたんです。それを見ていた先輩が、田代は関節鏡が好きなんだなと目をつけてくださり、関節鏡の手術トレーニングシステムの研究開発というテーマに取り組む機会を頂きました。
関節鏡の手術は、多くの人は20~30例経験すればだいぶ熟達しますが、その過程で大きな失敗をするわけにはいきません。
大規模な病院なら指導医の監督下でしっかりトレーニングできますが、市中の中小規模の病院では人手に余裕があるとは限らない。そのような環境でも十分なトレーニングを積むために、何か役立つシステムを作れないかという問題意識でした。
――実際にシミュレーションシステムを使ってトレーニングすると、手技の上達にはかなり効果があるのでしょうか。
田:あると思います。内視鏡は非常に限られた空間で細かい作業をするので、ハサミや器具の先に自分の指先の感覚があるような感じで手術をしないといけません。空間認識や、眼と手の協調運動、様々な動きを組み合わせる技術は、何度も繰り返して練習することで身につくものだと思います。
Interview【臨床研究に携わる医師】(後編)
前十字靱帯の先進地への留学
――その後、大学病院でシミュレーション教育に関わられた後、ピッツバーグに留学をされたのですね。
田:ピッツバーグ大学は、膝の前十字靱帯に関して世界でナンバーワンとも言われます。膝の前十字靱帯は、スポーツ選手がよく損傷する所ですが、再建手術を行ってもどうしてもパフォーマンスが落ちてしまううえ、復帰まで10か月くらいかかってしまうんですね。スポーツ選手にとっては選手生命に関わることですから、少しでも治癒にかかる時間を短くしたい。できれば骨折のように2~3か月で回復させたいというのが私の夢なんです。具体的には、靱帯の治癒を左右するバイオメカニカルな要因を、CTやMRIなどの画像を使いながら解明するというのが研究テーマでした。
――どんな発見がありましたか?
田:データを取ってみると、再建部分には大きな負担がかかっていることがわかりました。組織がきちんと回復するには時間がかかるということで、私自身は打ちのめされたのですが…。そのことを、実際に動いている生体で、画像を使って明らかにしたという点を研究としては評価していただいたのだと思います。
――臨床面で得たものはありましたか?
田:自分自身が術者として手術をする機会はありませんでしたが、留学先だからできた経験と言えば、週に1回ご遺体の膝を使った実験や、手術トレーニングの機会がありました。日本では、献体していただいたご遺体はホルマリン処理されていて、膝の質も硬さも変わっているのでトレーニングには適さないのですが、向こうでは処理されていない状態で、新しい術式や難しい場所にチャレンジすることもできるのです。
患者さんに選ばれる医師でありたい
――先生ご自身の、これからのキャリアについての展望をお聞かせください。
田:大学や基幹病院で実力のある先生方を見ていると、やはり患者さんが、先生の名前で選んで来てくださるんですよね。やはりそれには憧れます。臨床に携わっていく以上、自分も患者さんに選んでもらえる医師でありたいと思います。
留学を終えて九州労災病院に赴任し、昨年10月からスポーツ整形外科の専門外来を持つ機会を頂きました。今後も研究は続けていきますし、いずれ成果をまとめて発信したいとも思いますが、市中の病院にいる以上、まずは臨床を最優先にしていくつもりです。これまで手がけてきた研究は自分自身の臨床にもつながるものですし、今は学んできた内容を患者さんに還元する時期なのだろうと思っています。
どういう医師だったら患者さんに選んでもらえるかと考えたとき、まずは地に足をつけて、一例一例こつこつと実績を積み上げていくことが大事だと今は感じます。まじめにやっていれば実力もつくし、そういうところには、患者さんは自然に集まってくるのを、今までも見てきました。自分も、そのような医師でありたいと思います。
――臨床家として患者さんに選ばれる医師でありたいという先生が、研究に携わったことの意味を、ご自分ではどうとらえていますか。医学生へのメッセージとしてお聞かせください。
田:臨床と研究は、別のものではないと強く思います。私の場合もそうでしたが、研究内容が自分の手技の向上に直接つながっていますし、研究留学した時の経験も臨床に役立っています。研究の実績が、患者さんに選んでもらうきっかけにもなるかもしれません。大学院での研究は、決して楽しいばかりではないですし、なかなか結果が出ないこともありますが、40年くらいに渡る医師生活のうちの3~4年を研究に打ち込み、学問を掘り下げてみることで得られるものは多いと思います。
田代 泰隆先生
Yasutaka Tashiro, M.D., Ph.D.
九州労災病院整形外科副部長。
2017年、「前十字靱帯再建術後の靱帯折れ曲がり角度が靱帯治癒に与える影響の解明」で日本医師会医学研究奨励を受賞。
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