医師のみなさまへ

2023年2月20日

第6回 生命(いのち)を見つめるフォト&エッセー 受賞作品
一般の部【厚生労働大臣賞】

「私を救ってくれた保健師さん」

江口 絵里子(38歳)大阪府

 今から9年前くらいのことです。私は、初めての育児に悩み、心が折れそうになっていました。我が子は言葉と体の発達が遅く、保健センターに健診に連れていくと、いつも発達の遅れを指摘されていました。育児書どおりにやっても、なかなかうまくいかない日々。ご飯はちゃんと食べているのに、身長や体重はほとんど増えない......たくさん話しかけても、絵本を読み聞かせても、あまり興味を示さず、反応がない......。頑張っても頑張っても、なかなか目に見える成果が得られなくて、私はもう、どうしたらいいかわからなくなっていました。お友達でも作って、子育ての悩みを共有できたらと思い、児童センターに足を運ぶこともありましたが、そこには既に、ママさん達のグループができていて、我が子よりも体も大きく、色んな言葉を元気に発する子ども達がいっぱいいました。そんな姿を目の当たりにすると、私の不安や焦りはますます募る一方......その場へ足を運ぶことに、次第に臆病になっていきました。

 何をやっても前に進めない。自分が毎日やっていることは、無駄なんじゃないか。私がお母さんとしてふさわしくないから、この子はいつまでも成長しないんじゃないか......真っ暗な暗闇の中で、私は孤独でした。

 そんな時、一人の保健師さんが私に電話をくれました。その保健師さんは、私の心の内を一つ一つ、丁寧にくみとってくださり、
「お母さんの無理のない範囲で、できることからゆっくりやってみましょう。」と言ってくださりました。その方に勧められ、月に数回の親子体操に息子と参加するようになり、カチカチに固まっていた私の心は、少しずつほぐされていきました。

 中でも、ずっと忘れられないのは、親子体操の最終日に保健師さんが私にかけてくださった言葉です。
「成長っていうと、何か新しいことができるようになるっていうイメージがありますが、今の現状を維持できているっていうのも十分素晴らしいことですよ。ほら、この子は今日も元気に笑って生きているでしょう。それは他ならぬ、お母さんがいつも頑張っている証拠ですよ。」

 私の胸の中から何か熱いものが込み上げてくるのがわかりました。こんなふうに、今のままの私たちを肯定してくださるようなお言葉を頂くのは初めてで、うれしくて涙があふれました。

 これまで、私は少しでも早く周りに追いつけるように、置いていかれないようにと必死でした。みんなと同じように、順調に成長することが幸せだと思い、そうなれるように毎日もがいていました。そして、いつしか「今日も元気に生きている」という、一番大切で尊い幸せを感じる力が、薄れてしまっていたようです。今のままでも大丈夫。もちろん、これからもできることはやっていくけれど、そんなに焦らなくても大丈夫。すぐに成果は出なくても、既に十分頑張っているのだから。今日も元気に生きられていることに、もっと胸を張っていいんだ。

 心が軽くなった私は、今できないことにこだわるのをやめ、今楽しめることに目を向けるようになりました。親子で療育センターに通い、小さな成功体験を積み重ね、幼稚園では色々なお友達から刺激をもらううちに、息子の言葉の数も増えていきました。今でも体は小柄ですが、ゆっくりながら確実に成長を続けています。

 そんな我が子は今年6年生。1年生の弟に色々なことを教えてあげられる、頼もしいお兄ちゃんになりました。

 保健師さんに頂いた言葉のおかげで、あの頃の私には想像もできなかった今を生きています。これからも、生かされていることへの感謝を忘れず、今この瞬間を大切にしながら、未来へ続く道を作っていきたいと思います。

第6回 受賞作品

受賞作品一覧

生命(いのち)を見つめるフォト&エッセー