医師のみなさまへ

2024年2月21日

第7回 生命(いのち)を見つめるフォト&エッセー 受賞作品
一般の部【審査員特別賞】

「余命宣告から三十年」

矢野 富久味(72歳)高知県

「ニクシュ?」、反射的に先生に問い返した。

「どんな病気なのでしょうか?」

「がんの親戚みたいなものですね。」

 先生はカルテに視線をおいたまま、さらりと答えた。とたんに診察室の空気が一変し、看護師さんの口調が急に優しくなったような気がした。

 手術をしないと、あと3カ月。私が高校生の時、祖母が子宮がんで宣告を受けた時と同じK市民病院で、24年後に私も同じ宣告を受けるとは!

 祖母は当時74歳だったが、すでに進行しているので手術は難しいと言われ、入院して放射線治療を受けた。

 県庁所在地にあるその病院までは、バスと電車を乗り継いで3時間以上かかったが、私もお見舞いに行った。付き添いしていた祖父の方が、「はよう連れて帰りたい。」と涙を流したのが辛かった。

 痩せて見る影も無くなって、いよいよ最期の日々は家で過ごさせたいと、退院してきた。

 学校から帰ると夜になったが、私はいつも祖母の傍らに居た。子どもの頃、祖母がいつも昔話をして寝かしつけてくれたように。

 不思議なのだが、骨と皮のような体で寝たきりになっても、祖母は「私は死なんぜ。」とはっきり言葉にした。大きな岩があって、光が見える。自分は守られている、と言うのだ。

 母など葬儀の日をいつ迎えても慌てないように、和室の障子を張り替えて準備していたが、祖母はほんとうに言葉通りに快復して、畑仕事をするほど元気になった!

 役場の保健師さんはじめ、見知らぬ人まで祖母を訪ねて来るようになった。どうしてがんを治したのか? がん患者の家族は誰しも、わらにもすがりたい気持ちになるのはよく分かる。

 祖母は86歳まで元気に生きた。その姿を見てきたので、しくも同じ病院で同じように余命宣告された時、真っ先に思ったのは「私も死ねない」だった。まだまだやりたいことがたくさんある!

 病気休暇を取るために診断書をもらい、外に出ると街の景色がまったく違って見えた。

 見慣れた当たり前の景色も、日々の暮らしも愛おしい。生きていることは、奇跡だ。

 病気休暇が取れたので、セカンドオピニオンで他の病院も受診した。固唾かたずをのんで、先生の診断を聞く。

 ところが、先生の口調は歯切れが悪い。肉腫であるとも無いとも、はっきり言わない。疑いはあるが断定できないとおっしゃる。

 専門の病院を調べたり探したりしては、受診を繰り返した。大学病院やオーリングテストなんていう初めての検査まで受けたりした。まるで、多数決で病名が決まるみたいに。

 7院目の診断結果を聞いた帰り道、「何やってるんだろう私」と一人苦笑した。手術するかしないか、決めるのは私だ。私には、祖母のように大きな岩も光も見えないが、余命宣告は何か大切な意味があることだけは分かる。

 手術しないと決心すると、急に心が軽くなった。生まれ育った山の村に帰ろう!

 県内唯一の国立中学校での仕事はとても楽しかったけれど、睡眠時間も削る忙しさだった。過労死ラインを超えている。

 豊かな自然だらけの村で、すべてのいのちを大切にするコミュニティを創って、食住衣を自給する昔ながらの暮らしに戻ろう。

 母校が廃校になり、その跡を譲り受けた時、いつか夢をかなえようと「はーと・らいふ村」と名付けていた。「いつか」ではなく、やりたいことは今すぐにやろう!

 1996年2月、校庭の真ん中に自分で設計した自然木と漆喰しっくいの家を建て始めた。雑誌のコラムで移住を呼びかけたら、同じ夢を抱く人々が全国から訪ねて来るようになった。

 その中の一人、K市からやって来た木工作家と意気投合して結婚し、家具類はすべて土佐ヒノキ間伐材で手作りしてもらった。

 カチンカチンだった校庭に、裏山から腐葉土や枯れ草を運び、ふかふかの畑にした。果樹、小麦、野菜、お茶、ハーブなど、100種類以上を完全無農薬自然栽培で育てている。

 毎朝起きるとすぐ庭に出て、今日は何を食べようかなーと見廻みまわすのが楽しい。採ってすぐ食べる新鮮な野菜のおいしさは、格別だ。

 お米は近くの棚田で育てている。メダカやホウネンダワラミニアメバチ、コオイムシなど、小さな生きものたちがいっぱい!

 余命宣告を受けて30年。毎年特定健診を受けているが、今のところはすこぶる元気だ。コロナにもインフルエンザにもかからず、さまざまな活動を日々夢中で続けて生きている。

 ひきこもる青少年自殺予防の「居場所」運営や、殺処分される犬猫たちの保護譲渡活動など、「いろんなことをしていますね!」と驚かれるが、私にしてみれば全部つながっている。根元ねもとはひとつだ。かけがえのないいのちを、みんなで大切にして生きたい。

 生きていれば、なんとかなる!

第7回 受賞作品

受賞作品一覧

生命(いのち)を見つめるフォト&エッセー