医師のみなさまへ

2023年2月20日

第6回 生命(いのち)を見つめるフォト&エッセー 受賞作品
中高生の部【優秀賞】

「命のつながり~母から学んだこと~」

横浜 桃香(16歳)北海道

 「おぎゃあ! おぎゃあ!」と耳を澄ませば新しい小さな命の声が聞こえてくる。そんな場所で私の母は毎日働いています。私の母は大学病院に勤める産婦人科の医師です。あなたは産婦人科医について知っているでしょうか。実を言うと私も、妊婦さんの帝王切開をすることぐらいしか知らなかったので、実際に母にどんなことを仕事でするのか聞いてみました。

 産婦人科では、入院患者の診察や赤ちゃんの超音波検査をしたり、外来で母子に健康上の問題がないか確認したり、思春期外来で若い女の子のカウンセリングをしたりするそうです。また、分娩ぶんべんの時は、出産経過が順調であれば助産師さんのみで出産を手伝いますが、順調でなければ母のような医師が分娩をみて、状況によっては帝王切開をしたりするそうです。他にも、母は大学病院に勤めているということもあり、他の病院で診られなくて搬送されてきた妊婦さんの対応、実習生への指導、助産師や放射線技師などの専門学校への出前授業、医大生への授業やテスト問題づくり、自分の論文や学会の準備など、とにかく毎日大変そうです。なのになぜ、母は今の仕事を続けているのか。そしてなぜ、産婦人科医になろうと思ったのか、気になったので以前、母に質問しました。

 一つ目の理由は、新しい命の誕生に喜びとやりがいを感じるからだそうです。産婦人科をしていると、元気に生まれてくる赤ちゃんばかりではなく、流産になる場合もあるそうです。もうお腹の中で亡くなっていると分かっている赤ちゃんをご夫婦と泣きながら分娩したこともあったと言います。そのご夫婦と母との話ですが、大抵のご夫婦は赤ちゃんが亡くなって生まれてきたとき、赤ちゃんに会うのが怖いと感じるそうです。でも、そのご夫婦は「可愛いね。可愛いね。」「どっちに似てるかな。」と、それはそれは、愛しそうに話し続けていたそうです。火葬のときに、赤ちゃんのお母さんは母に「ハグしてください。」とお願いしたそうです。きっと、赤ちゃんとのお別れがすごく寂しくなってしまったのです。私はその話を母から聞いて涙が止まりませんでした。私が理解しきれることではありませんが、深い悲しみの中に確かな愛とぬくもりがあるように感じました。それはずっとご夫婦の中に消えずに残り続けると思います。

 母によれば、亡くなった赤ちゃんに会わない、触れないといった、「お別れ」がちゃんと出来ないと、ずっと気持ちを引きずってしまうそうです。なので産婦人科では、好きなだけ赤ちゃんを抱っこさせてあげたり、助産師さんが中心となって赤ちゃんの産着の作り方の伝授をしたりして「お別れがちゃんと出来る状況」をつくってあげることも医療はあまり関係なくても患者さんをケアするうえで大切なことだそうです。そんなお別れを乗り越えて前を向けるご夫婦も少なくありません。流産を経験された妊婦さんが諦めなかった結果、元気な赤ちゃんを出産する瞬間が母にとって何よりの喜びであると母は言いました。悲しみを乗り越えた先の幸せを見守ることに母の強い使命感があると思いました。

 二つ目の理由は、私と母の経験を踏まえてお話ししたいと思います。私が中3のある日、家で部屋から母のすすり泣く声が聞こえてきました。私が「どうしたの?」と聞くと、「中学生の時にお母さんにもらった手紙を見てたら涙が出てきちゃって。」と母は言いました。母のお母さんは母が中3のときに子宮けいがんで天国にいきました。大人になってからもお母さんの手紙を見て涙が出るということは、お母さんが本当に大好きだったんだと思います。そしてきっと今も会いたいと思っているはずです。私は泣いている母に何と声をかけたら良いか分からず、何もしてあげられませんでした。そこには1人で戦っているまだ小さな女の子がいました。私と大して歳が変わらない頃の母です。私は小さな母を強く抱き締めたくなりました。「大丈夫。1人じゃないよ。」と。母が産婦人科医になると決心し、今もなお続けている二つ目の理由。それは、母のお母さんです。これは揺るぎない事実です。母は現在、子宮頸癌ワクチンを安全性を確保したうえで若い女性に積極的にすすめています。自分と同じ思いをする人が減って欲しいと願っているのかもしれません。人は、もうこの世界にいない人を思い出してあげることで、その人と共にいられるのだと思います。そして、一緒に笑ったり、困難に立ち向かっていくことができるのだと思います。

 母は母の日に「お母さんらしいことしてあげられてなくてごめんね。」と、私と弟に言います。でも私はそうは思いません。私の母は母親としても、医師としても、人としても、とても強い人です。私はそんな母を誇りに思い、毎日感謝したいと思います。

第6回 受賞作品

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生命(いのち)を見つめるフォト&エッセー