地域医療ルポ
「住民が一刻も早く普通の生活に戻れるように」
福島県双葉郡浪江町 浪江町国保津島診療所 関根 俊二先生
福島第一原発事故により現在も全住民が避難生活を余儀なくされている。避難により体に変調をきたしたり、十分な医療を受けられずに亡くなった震災関連死は双葉郡で300人を超え、同郡での津波・地震による直接死者数を上回る。
太平洋に面した双葉郡浪江町の中でも、山あいの津島地区にある浪江町国保津島診療所。山間部の過疎地域ということもあり、なかなか医師が定着しないという問題を抱えていた。そんな診療所に、郡山市の国立病院の外科医だった関根先生が単身で赴任したのは15年前、55歳の時だった。
「それまでの医師は住民にとって『よそから来た先生』で、患者に心から信頼され、拠り所となるような医師にはなれていなかったんです。私はなんとか地域の一員として受け入れてもらうため、花見や運動会にも積極的に参加しました。診療所では膝・腰の痛みや農作業中の軽い怪我など、頭のてっぺんから足の先まで何でも診て、仕事が終わると一緒に飲んだり食べたりしながら、家族のような関係を築いてきたんです。それまでずっと外科だったけれど、総合診療に携わってよかったな、楽しいなと感じています。」
震災、特に原発事故による最も深刻な被害は「生活の場所を奪われたこと」だと関根先生は言う。住民は震災から1年半以上経った今でも各地の避難所で生活しており、津島診療所も現在は二本松市の仮設住宅の中にある。「長い避難生活によって、住民の健康状態は随分変わってしまいました。今まで農作業で体を動かしていた住民が運動不足になり、食べるものも変化したため、糖尿病などの生活習慣病も増えています。住民が散り散りになったことで健康指導もなかなか難しく、町の保健師たちも内部被ばくの検査にかかりきりなので、住民一人ひとりを回るためには人手が足りない。メンタルヘルスや認知症のケアも、専門家がいないため充分にできていないのが現状です。」
今後住民が浪江町に戻れるかどうかは、事故の収束状況や国・県の方針に左右されることになる。どうなるにせよ、まずは仮設でなく普通に生活ができる場所を確保することが重要だ。「住民からも『農作業ができる場所に住みたい』『海の近くがいい』という声が上がっています。元通りとはいかなくても、一刻も早く普通の生活を送れるようにしてほしい。そしてもし新しい場所でも診療所が求められるならば、私も住民のみなさんと一緒に移動するつもりです。」
原発事故前は54人だった双葉郡医師会に所属する医師は、県外に移るなどして*41人に減り、そのうち県内に残っている医師はたった*19人になっている。今後住民の生活が安定したときには、医師たちに戻ってきてほしい――関根先生はそう切に願いつつ、今日も診療にあたっている。(*2012年9月現在)
(写真中)診療所の待合室。住民の憩いの場となっている。
(写真右)現在、浪江町国保津島診療所は、二本松市安達地区の仮設住宅内にある。
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