医学教育の展望
地域医療の維持と、医師の育成を両立-(前編)

医学教育はいま、大きな変化の渦の中にあります。臨床研修必修化はもちろん、医学研究の成果や新しい技術の開発に伴って学習内容は増加し、新しい取り組みがどんどん進んでいます。そんな医学教育の今後の展望について、最前線で取り組んでいる教育者を取り上げ、シリーズで紹介します。

大学と地域が一体となった教育システムを築きたい

石井正先生

被災地の地域医療体制を再構築するために

未曾有の大震災によって、宮城県の地域医療システムは大きく崩れ、歪みが生じてしまった。例えば石巻市では、市立病院の機能が停止しているために、石巻赤十字病院の救急搬送数が震災前の2倍前後の値で推移し続けている。小さな病院や診療所には、短期契約の支援医師に頼る形でなんとか運営を維持しているところも少なくない。

この状況を打開するため、県内唯一の医学部をもつ東北大学が一歩を踏み出した。2012年10月に、大学内に「総合地域医療教育支援部」を設置したのだ。そして、これを率いる立場に石井正先生が就任した。石井先生は本誌2号「地域医療ルポ」で紹介した通り、震災時に石巻赤十字病院の災害担当として、行政や他の医療機関とニーズの調整をしながら、災害医療チームの受け入れの指揮を行っている。今後の地域医療体制の再構築にこの経験を活かしていくのが狙いだ。

長期的・俯瞰的な視点で医師の配置を行うべき

2004年から始まった新しい臨床研修制度によって、市中病院が独自に研修医を受け入れる動きが活発になった。医学生・研修医にとって、臨床研修病院を自由に選べるというメリットもあるが、その一方で十分な教育を受けられないリスクや、医師の偏在という弊害も生まれている。様々な自治体や病院が個々のニーズに応じて医師を獲得しようとすれば、限りある医療資源である医師が一部に偏ってしまい、医療体制が維持できない地域ができてしまうのだ。

「例えば、地域の診療所を管理する町や市が独自にがんばって医師を集め、隣の中核都市では高い給料を提示し…。そんな『医師の取り合い』が、被災地かどうかにかかわらず全国で起きる可能性があります。このままではますます医師の偏在がひどくなり、結果的に地域全体の医療の力を低下させてしまう。震災で既存のシステムが傷ついた宮城県では、これからの地域医療を考える際に、より長期的・俯瞰的な視点をもたなければなりません。そのために、大学が地域のニーズをとりまとめ、医師数のバランスをとっていく必要があるのです。」


医学教育の展望
地域医療の維持と、医師の育成を両立-(後編)

地域医療に従事する間もキャリアアップを目指せる

総合地域医療教育支援部の業務のひとつに「地域医療を担う医師の育成計画の立案・調整」が挙げられる。地域医療体制を維持していくためには、「地域医療を担うことのできる総合力のある臨床医を育てる」という観点が非常に重要なのだ。そのためには、若手医師が地域医療に魅力を感じられるような教育の仕組みを、大学が責任をもって作らなければならない。

しかし現状、学生や若手医師からは、よく「地域に赴任になったらスキルアップが難しくなるのでは…」といった不安の声が聞かれる。確かに、それぞれの病院・診療所が独自に提供する教育や研修だけでは、設備面や症例の数とバリエーション、指導医の教育スキルなどといった面で限界はあるだろう。そこで、大学がセンターとなって拠点病院と地域の医療機関の間をつなぎ、その間を医師が行き来できるような仕組みをつくることによって、どこで勤務していても安定した教育を受けられるようにしようというのだ。

「私たちは、拠点病院や地域の医療機関それぞれのニーズを把握した上で医師を配置するという俯瞰的な視点を持ちながらも、一人ひとりのキャリアアップを保証するような仕組みを考えています。地域の病院や診療所に勤務している間でも、大学病院や拠点病院に顔を出して最新の技術を学ぶことができる。望めば大学で研究もできるし、専門医資格も取ることができる。こういった体制ができれば、地域医療に携わりたいと思う医師が増えるのではないかと期待しています。」

大学と地域が一体となった地域医療モデル

「寄り添う医療」を体験できる仕組み

また卒前・卒後教育では、地域医療の重要性を伝えていくカリキュラムを設けるとともに、在宅など生活に密着した医療(寄り添う医療)を体験できる仕組みも整えていくという。

「地域医療実習などを通して『寄り添う医療』を実際に経験してみると、大学病院や拠点病院で働くことが全てじゃないんだ、小さな病院や診療所で地域の人たちのために働くのも悪くないなって気づいてくれる学生も増えると思うんです。実際、被災地に実習に行って現場を見て、震災時にどんな対応をしたのかについて学んだ学生たちは、『医師として人の役に立つ』ということに対してすごく関心を持って帰ってきますよ。

ただそうは言っても、卒後すぐにそういうところに行けというのは無責任かなと。やっぱり、初期研修の2年は大学なり拠点病院なりでしっかり経験を積んだ上で、プライマリ・ケアのできる臨床医を目指していってほしい。しっかり教育を受けて、『ここは自分の専門だ』と言えるような分野をサブスペシャリティとして身につけてから地域医療の現場に出た方が、いざというときにしっかり対応できる芯の強い総合医になれると思いますからね。」

大学と地域が一体となった教育システムを築いていく

石井正先生

つまり、今後の地域医療体制の再構築のためには、大学と地域が一体となった教育システムを整備することが重要なのだと石井先生は話す。

「様々な専門性を持った医師が、大学や拠点病院での医療と地域医療の双方の臨床経験を積みながらキャリアを築いていくという道筋を整えることができれば、地域に顔が利き、地域医療を担う力のある医師がたくさん育つことになります。そして10~20年後に彼らが大学に戻ってくれば、大学で本格的な地域医療の講座を開くこともできます。

東北大は今まで研究メインの大学だと思われてきたところはありますが、大学の最大の財産であるOBが地域医療教育の一端を担い、そこに魅力を感じた若手医師がたくさん集まって地域医療を支えていく…最終的にはそんな仕組みができることを目指しています。」


石井 正先生
東北大学 総合地域医療教育支援部 教授
東日本大震災発生時は石巻赤十字病院の災害担当医として陣頭指揮を執った。
2012年より東北大学教授に就任し、医学教育および地域医療システムの構築に取り組んでいる。