医師のみなさまへ

2019年5月1日

第1回 生命(いのち)を見つめるフォト&エッセー 受賞作品
一般の部【入選】

「あなたには、時間がない」

平井 真帆(44)埼玉県

 医者と病院が大嫌いで「健康だけが取り柄」と慢心し、がん検診から遠ざかっていた私。結果、41歳で非常に進行した乳がんになってしまいました。約2年前のことです。

 しこりを発見し、病院に行った時には、わきの下のリンパにも転移があることがわかりました。「初期ではない」ことを確信した私は、詳しく検査をすることも治療をすることも、怖くて怖くて仕方がなく「がんは治療しなくてよい」「がんは自分で治せる」などと主張する本ばかり読みあさり、1年半余りの間、食事療法や気功治療などの、あやしげな〝闘病〟を、一人で続けていました。

 「元気になってきている! 良くなってきている!」と信じていましたが、昨年末ごろ、異変を感じるようになりました。階段を上ると息が切れて仕方がないのです。「おかしい...、貧血かな、それとも自律神経でも乱れているのだろうか」と首をかしげていましたが、息切れはひどくなる一方。とうとう横になってじっとしている間も、息苦しさを覚えるほどになりました。ある方に相談すると「肺に水がまっているのではないか。一刻も早く大きな病院に行ったほうがいい」と、指摘を受けました。

 胸水! 私は青ざめました。「主治医」と呼べる医師を持たず、孤独に闘ってきた私は、恐れおののき、慌てふためいて病院を探し始めました。7~8件は電話をしたでしょうか。その中の、1件のクリニックの、院長先生の一言が、私の運命を変えました。

 先生は電話口で「今日、いらっしゃい。とにかく今日、来なさい!」と、しきりにおっしゃいます。「え、今日ですか?今日は仕事があるんですが...。まだ詳しく検査もしてないし...」。ぐずぐずと決断できない私に、押し問答の末、先生は穏やかな口調で、しかしはっきりと、言いました。

 「あなたには、時間がないよ」

 !

 私は、その一言で、瞬時に全てを理解しました。ワタシニハ、ジカンガナイ。そう、私には、もう時間がない。残された人生の!時間が! もう治療法を迷っている時期など、とうに過ぎてしまっており、自分が、すでに今、崖っぷちに立たされ、断崖絶壁を見下ろしていることに、私はその一言で、ようやく気がついたのです。

 「わかりました。今日、お伺いいたします」。そう言って電話を切った時には、私は全てを決心していました。この先生の治療を受けよう、この治療法しかない。この先生にお願いしよう。もう迷っているひまはない。

 初めて全身の検査をしました。「ちょっと息が切れるだけ」と思っていた私の右肺には、6リットルもの水が溜まっており、骨や全身のリンパにも、無数の転移があることもわかりました。一刻の猶予もない状態でした。

 「くるところまで、来てしまった」

 絶望でいっぱいで途方に暮れ、涙も出ない私に、先生は、確信に満ちた、しかし優しく慈悲深い声でおっしゃいました。「決して遅くないよ。これから大変なこと、いろいろあるかもしれないけど、頑張ろう」

 「決して遅くない」。先生の言葉だけを胸に抱き、それからの「いろいろ大変な」治療を耐え、それらが功を奏し、今年6月、私は乳房全摘手術を受けることができました。

 ここまでの道のりで、いったい何人の先生方に、お世話になったことでしょう。主治医をはじめ、溜まった水を抜いてくださった若くお美しい女医先生、形成外科チームの先生方、緩和ケアの先生、そのほか大勢の看護師さんたち...。

 不思議なことに、その中の誰一人として「なぜここまで放っておいたのか」と、私を責める方はいなかった。ただ目の前で苦しみ、絶望し、助けを求めている情けない私を、大勢の医師らが必死で手を差し伸べ、死神から私の命を、奪い返してくださいました。

 今までの人生で意味もなく〝医者〟を毛嫌いしていた私は、今とても困惑しています。なぜ、見ず知らずの私を、まるで我が子のごとく守ってくださるのか。それが、医師としての「本能」とでも言うべきものなのでしょうか。だとしたら、医師とは、何と尊い職業でしょう。こんなにも人に献身する職業が、他にあるでしょうか。

 まだまだ「がんが治った」とはとても言えませんが、一命を助けていただき、どこも痛くなく、何も苦しくない、夢のような日々を過ごせています。私は、なんとお礼を述べてよいか、どうやって恩を返したらよいのか、途方に暮れています。

 「あの子に、もう一度命をあげて、よかった」。そんなふうに、先生方に思っていただくためには、どう生きたらいいのか、模索する毎日です。

 先生方、本当にありがとうございます。心から感謝しています。そして、大好きです。

第1回 受賞作品

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生命(いのち)を見つめるフォト&エッセー