withコロナ時代の医学教育
~デジタル教育・シミュレーション教育をハイブリッドした医学教育改革~(1)

新型コロナウイルス感染症の流行は、医学部の教育にも大きく影響を及ぼしています。今回は、秋田大学の長谷川仁志先生のインタビューをお届けします。今後の医学教育のあるべき姿や、秋田大学におけるデジタル教育とシミュレーション教育をハイブリッドした先進的なカリキュラム構築の取り組み、デジタルデバイスを活用した医師の生涯教育の推進の必要性などについてお話を伺いました。

 

長谷川先生
長谷川 仁志先生


秋田大学大学院 医学系研究科 医学教育学講座 教授
日本医師会生涯教育推進委員会 委員長



 

生涯教育の基盤となる基本的診療実践力を保証する

――長谷川先生は秋田大学で長年医学教育に携わり、シミュレーション教育や医学教育のデジタル化に尽力されてきました。まずは、先生の目指している教育について教えてください。

長谷川(以下、長):医学部医学科では、卒業時にほぼ全員が医師免許を取ります。医学教育の質を保証し、それにより医師免許の質を保証することが社会的に求められているといえます。

日本ではまだ「これだけ素晴らしい内容で教えたのだから、医師として社会貢献できるはずだ」という考えが根強くあります。しかしこれからは、卒業時に達成しているべきコンピテンスが本当に身についていることを保証する方向に、医学教育を改革する必要があるのです。

――医学の進展に伴い、医学生が学ぶ内容も膨大になっています。卒前教育では何をどのように教えるべきでしょうか。

:もちろん、卒前教育で医学のすべてを教えきることはできません。だからこそ、卒前教育と卒後教育をシームレスにつなぎ、臨床能力を生涯かけて育むという生涯教育の観点が重要になります。まず卒前教育では、専門に特化した知識を詰め込むのではなく、どの科の医師にとっても必須となるような、日々の臨床現場における基本的診療実践力を保証することが重要です。そして卒後も、日本医師会の生涯教育制度などによって、実践力を伸ばし続ける必要があります。新専門医制度などの専門教育は、こうした基本的診療実践力を基盤として展開されることになります(図1)。

基本的診療実践力を培っていくためには、知識を伝える一方向性の講義だけではなく、シミュレーション教育等、事例ベースで主体的に学ぶアクティブラーニングが不可欠となります。

また、そうした教育も、やりっぱなしでは意味がありません。実践力が身についたかどうかを評価するプロセスも非常に重要です。知識を問う試験だけではなく、OSCEによるパフォーマンス評価、また講義・実習の出席状況や態度、課題提出状況や内容などを見る態度評価を組み合わせる必要があります。

――シミュレーターは高価で、十分に用意できないという大学も多いのではないでしょうか。

:もちろんシミュレーターは効果的な手段ではありますが、そればかりがシミュレーション教育ではありません。重要な点は、実際の現場や事例、課題を想定し、実践的に学び評価することです。シミュレーションのシナリオは、紙や動画、模擬患者さんなどあらゆる手段が考えられます。また、例えば本学では2年生を対象に、在宅ケアに関わる多職種を教室に招いて、現場の状況を再現しながら学ぶ授業を実施してきました。これも、約130人が同時に現場を擬似的に体験できる、一種のシミュレーション教育だと言えます。シミュレーション教育は特別なものでなく、むしろ日々の学びすべてが臨床現場で生じる重要場面を想定したシミュレーション教育であるべきなのです。

 

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~デジタル教育・シミュレーション教育をハイブリッドした医学教育改革~(2)

デジタル教育・シミュレーション教育のハイブリッドカリキュラム

――先生が取り組んでいる教育改革について教えてください。

:限られた時間と人的リソースで、膨大なカリキュラムを消化しつつ質の高い医学教育を展開していくためには、講義・演習・実習・評価の各段階で、シミュレーション教育とデジタル教育を組み合わせ、より効果的・効率的に教えていく必要があります。そこで今後は、「デジタル教育・シミュレーション教育・対面講義/実習をハイブリッドさせたカリキュラムの構築」が重要と考えています。

まずは、卒業時までに学生が修得すべき能力を明確に示す必要があります。本学では、知識・技術・態度を包括した実践的な能力を、6項目のコンピテンスとして設定し(表)、教養から専門教育までの各分野を統合した、6年一貫カリキュラムを作成しています。

各科目は、講義・演習・実習のほか、症候・症例・事例ベースの各種アクティブラーニングを組み込み、実践的に学べるようになっています。例えば4~5年生の臨床実習では、実習班ごとに症例ベースで課題解決型カンファレンスを行うTBL*1を実施しています。

また、評価および合否判定には、客観的知識を問う統一試験に加え、OSCEなどのパフォーマンス評価や態度評価を1年時から導入しています。これらの教育の集大成として、卒業時OSCEを、国内最大の16ステーションで実施しています。6年間で、約31ステーションのOSCEを実施していることになります。

――ここにデジタル教育を組み合わせているのですね。

:はい。本学では、講義・演習・実習・評価の各段階でデジタル化を進めています。

まず講義におけるデジタル活用ですが、すぐに思い浮かぶのはオンライン講義でしょう。今回のコロナ禍で全国的に進んだ部分です。講義などの知識の伝達部分をオンライン化することで効率化し、浮いた授業時間でアクティブラーニングを充実させることができます。

また、e-ラーニングシステムが各科で乱立しないよう「WebClass」というシステムで統一したり、入学時に医学書の電子書籍セットを安価で提供したり、各教室のWi-Fi化など、デジタルデバイスや環境の整備も進めています。

ここまでは基礎的な話ですが、発展的な見地では、オンライン講義自体をアクティブ化することが考えられます。本学では、全講義をオンデマンドではなくライブで行い、質問を投げかけて全員にチャットで回答させたり、グループ分け機能を使ってグループ討論をさせたりと、充実を図っています。今後は、動画やライブ画像を取り入れ、講義自体をより実践現場に近づけていくことで、基礎と臨床をスムーズに統合するといったことも考えています。

また、オンライン講義が広まったことで、世界のどこにいる先生でも、講師としてオンラインで講義してもらうことが簡単にできるようになりました。withコロナ/postコロナ時代には、教育や教員をグローバル化していくことがますます重要になるでしょう。



*1 TBL…Team-Based Learning

 

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――演習や実習でのデジタル活用についてはいかがですか?

:例えば本学では、1年生のうちから、心エコーや腹部エコーなどをあてる演習を実施しています。「WebClass」上に資料や動画学習・確認テストのセットをアップしておくことで、自由な時間に繰り返し学習することが可能になっています。

より発展的な部分で言えば、事例ベースの各種シミュレーション教育をデジタル化することが考えられます。指導者にも模擬患者さんにも、様々な場所から参加してもらえるのが利点で、英語を話す模擬患者さんに協力していただくこともできます。今はオンライン診療も進んできていますし、また今後、オンラインの翻訳機能を使用して海外の患者さんを診察することも一般的になるかもしれません。シミュレーション教育のデジタル化によって、こうした状況への実践力を育むことも検討しています。

実習では、実習班と様々な病院をオンラインでつないで、多くの症例をライブで見せたり、あるいは重要な症例を録画して後で見せたりということもできるでしょう。さらに、実習中に動画や画像を使った仮説質問をしたり、シミュレーション教育においては「こういう状況の患者さんが来ました」といった導入部分を動画で見せたりすれば、よりリアリティのある教育になるはずです。

――評価のプロセスについてはいかがですか?

:まず、紙だけでなく画像や動画、音声を併用することで、学生側も学びやすく、教員側も採点しやすい試験になるよう工夫しています。また、全在学期間にわたるe-ポートフォリオを作成し、パフォーマンス評価を継続的に行っています。

発展的な試みとしては、OSCE時に実際の臨床現場の画像や動画を使ってリアリティを高めたり、外部の模擬患者や外部の評価者(ネイティブ英語話者など)にオンラインで参加してもらったりすることを考えています。学外の先生方にも評価を見ていただいて共有し、試験成績解析を充実させてフィードバックすることも可能でしょう。

――デジタル化によって、教育現場には具体的にどのような変化がありましたか?

: 本学では1年生の春から、日本語と英語の両方で医療面接の学習と演習を行っています。2020年度はコロナの影響で、模擬患者さんとの面接と評価はオンラインで実施しました。面接の様子を録画しておくことで、後日、評価に活用できるほか、同じ模擬患者さんと面接した学生同士のピア評価も可能になりました。

先ほど述べた、臨床実習におけるTBLにおいては、各課題に対する個人やグループごとの答えを集計ソフトで解析し、年間を通じたグループごとの成績の集計等を検討しています。

 

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(写真左)1年生の心エコー基本画像OSCEの様子。
(写真中央)英語での医療面接OSCE。2020 年度からオンライン化した。
(写真右)シミュレーターを使ったオンライン臨床実習。PCを4台設置している。

 

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学内外でシームレスデジタル・シミュレーション教育を推進する

――このような秋田大学の取り組みは、将来の卒後教育や生涯教育に応用できそうですね。

:そのとおりです。例えば、本学では臨床実習の10の診療科で、シミュレーターを用いた症例ベースの教育を行っているのですが、2020年度はこれが一部オンラインとなりました。私はZoomにつながったPCを4台用意し、シミュレーターを囲んだり、モニター画面を映したりして、臨場感が出るよう工夫しました。オンラインなら、大人数でもチャットで全員の意見聴取ができ、グループ討論によりTBL形式で展開することもできます。参加人数と場所を選ばず、臨床に近い形で、臨床推論や基本対応の考え方の経験を繰り返しトレーニングできることは大きなメリットだと感じました。手技や処置の実践こそできませんが、それだけに、むしろ経験豊富な医師・医療者の研修や生涯教育に、より効果的ではないだろうかと考えています。多職種チームの教育に応用することもできるでしょう。

――今回の取り組みについて、展望や課題を教えてください。

:ご紹介してきたようなデジタル教育・シミュレーション教育を、できるだけ多くの指導医に広げて、学生が「シームレスにデジタル教育を受けている」という意識を持てるようにし、高めていく必要があると考えています。そのためには、デジタル教育推進部門(図2)の充実が理想的であると考えます。

デジタル教育推進部門には、学内のみならず、県内や国内外の関連教育医療機関の担当者とも連携して、デジタル教育・シミュレーション教育・対面講義/実習ハイブリッドカリキュラムを構築・支援していく役割が期待されます。例えば本学では、1年生の実習から4~6年生の臨床実習にかけて、県内の関連病院にご協力いただいています。学内外のデジタル教育ネットワークの充実が進めば、1年生からの教育内容と評価を共有し、将来的には臨床研修や専門研修といった生涯教育にまでつなげられるようになるでしょう。各大学と医師会、地域医療機関、行政、学会が連携して、シームレスかつ効率的な生涯教育が展開されることが望まれます。

将来的には、デジタル教育の充実により、各職種や患者さん・地域住民も含め、それぞれが教育者としてリーダーシップを発揮し、医療職を超えた教育の連鎖が生じていくことが理想です。このような取り組みを、秋田大学のみならず、日本全国で進めていくことが、今後の医学教育・医療者の生涯教育には不可欠であると考えています。

また、今回ご紹介したような、卒業時のコンピテンスを保証するための、各種デジタル教育・シミュレーション教育をハイブリッドした大学教育改革は、医学科の教育に限定されるものではありません。最近の諸外国の大学教育や、卒後の職場研修の展開からみても、大学各分野の教育において、さらには卒後の職場における教育・研修・生涯教育のあらゆる分野で必要とされるエッセンスであると考えられます。withコロナ/postコロナ時代には、日本のこれまでのデジタル教育の遅れを取り戻し、教育環境において世界を先導していけるようになることが必要なのではないでしょうか。

 

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