災害医療の概要と重要性(前編)

想定される大規模地震

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出典:日本集団災害医学会(2015)『[改訂第2版]DMAT標準テキスト』, へるす出版, p.4より一部改変

 

災害医療の本質
~医療の需給バランスを整える~

「災害」と一口に言っても、そこには様々な定義があります*1。この特集では、「医療需要がその地域で提供可能な範囲を上回り、地域外からの援助が必要とされる状態」だと捉えることとします。

災害には自然災害と人為災害*2、局地災害と広域災害などのいくつかの分類があります。列車事故や多重交通事故などの人為災害は局地災害になりやすく、水害や地震などの自然災害や戦争などは広域災害になりがちです。局地災害の場合には、けが人の大量発生など、医療の需要が急激に増加します。一方、災害が広範になればなるほど、医療者の人的被害や医療設備の故障、ライフラインの途絶や物流麻痺による物資の不足などにより、その地域で医療を供給する能力が著しく低下していきます。供給能力の低下した医療機関に患者が殺到するといった事態があちこちで起きると、需給のアンバランスはさらに拡大し、失われる人命も多くなってしまいます。そのため、アンバランスを是正し、できるだけ多くの人々に、できる限りの医療を提供していくことが災害医療の目的になります。

災害大国である日本

日本は世界と比較して自然災害が多い国です(下記円グラフ参照)。国連大学が発行する『世界リスク報告書2016年版』*3でも、日本は自然災害に見舞われるリスクが世界第4位とされています。近年は気候変動の進行により、豪雨災害・土砂災害の激甚化・頻発化も生じており、マグニチュード8~9クラスの南海トラフ地震やマグニチュード7クラスの首都直下地震が今後30年以内に起こる確率は70%程度だと見込まれています*4*5。医学生の皆さんが医師として働いている間に、必ず災害に遭遇するものと考え、日頃から備えをしておくべきでしょう。

現在の日本の災害医療体制は、阪神・淡路大震災を機に整備され、東日本大震災をはじめいくつかの災害を経てさらに拡充されました。後述ページからは、これら二つの巨大地震の概要と、その反省から生まれた様々な制度について概観します。

 

*1 William Gunn世界災害救急医学会元理事長は、災害を「人と環境との生態学的な関係における広範な破壊の結果、被災社会がそれと対応するのに非常な努力を要し、被災地域以外からの援助を必要とするほどの規模で生じた深刻かつ急激なできごと」と定義している。

*2人為災害…事故やテロ、戦争など、人為的要因から生じる災害。火災や車両・航空機等の事故のほか、大勢の人が集まる場でのマスギャザリング災害、CBRNE(化学、生物、放射性物質、核、爆発物)災害なども含まれる。また、貧困や格差のある国家や地域で、政治的要因などが重なり合って武力紛争が発生し、多数の難民や国内避難民が生じている状態のことを特に「人道的緊急事態(CHE)」と言う。

*3 Bündnis Entwicklung Hilft (Alliance Development Works), and United Nations University – Institute for Environment and Human Security (UNU-EHS) , “WorldRiskReport 2016”, p.49

*4 地震調査研究推進本部地震調査委員会(2013)「南海トラフの地震活動の長期評価(第二版)」, p.6

*5 地震調査研究推進本部地震調査委員会(2015)「関東地域の活断層の長期評価(第一版)」, p.55

 

 

災害医療の概要と重要性(後編)

data 東日本大震災以降の日本の主な大規模災害

年月名称特徴死者・行方不明者数負傷者
2020.7令和2年7月豪雨(熊本豪雨)九州地方を中心に、西日本から東日本の広範囲にわたる長期間の大雨。球磨川や筑後川などで氾濫や土砂災害が発生した。8680
2019.10令和元年東日本台風台風第19号の影響で静岡県や新潟県、関東甲信地方、東北地方を中心に広い範囲で記録的な大雨。千曲川や阿武隈川など多数の河川で氾濫や堤防の決壊が発生した。108375
2018.9北海道胆振東部地震9月6日、北海道胆振地方中東部でマグニチュード6.7の地震が発生。最大震度7を観測し、道内全域で大規模停電が発生した。43782
2018.6~7平成30年7月豪雨(西日本豪雨)西日本を中心に広い範囲で記録的な大雨。広島県・愛媛県の土砂災害、倉敷市真備町(岡山県)の洪水害など、広域的に甚大な被害が発生した。271449
2017.6~7平成29年6月30日からの梅雨前線に伴う大雨及び平成29年台風第3号(7月九州北部豪雨を含む)九州北部地方を中心に記録的な大雨。特に7月5~6日の「九州北部豪雨」では福岡県朝倉市・東峰村、大分県日田市などで洪水害・土砂災害が発生した。4439
2016.4平成28年熊本地震熊本県熊本地方を震源とする地震が4月14日(前震、マグニチュード6.5)と16日(本震、マグニチュード7.3)の2回発生し、いずれも最大震度7を観測。直接死50名に対し、その4倍以上の災害関連死が生じた。2732,809
2014.9 平成26年御嶽山噴火9月27日11時52分頃に水蒸気噴火が発生し、登山者に多数の被害が出た。6369
2014.7~8平成26年8月豪雨(広島豪雨災害を含む)7月30日から8月26日にかけて、二つの台風の接近や前線の停滞等により全国各地で連日の大雨、西日本を中心に暴風が発生。広島市内で土砂災害により77名の死者が出た。90168
2013.11~2014.3平成25年からの大雪等北日本から関東甲信越にかけて、広い範囲で記録的な大雪。特に2月14~16日には、北日本と関東甲信地方の18地点で最深積雪の観測史上1位を更新するなど記録的な大雪となった。951,770
2011.8~9平成23年台風第12号西日本から北日本にかけて、山沿いを中心に広い範囲で記録的な大雨。紀伊半島の一部地域で、8月30日17時からの総降水量が2,000ミリを超え、和歌山県内・奈良県内で河道閉塞が生じた。98113

 

 

 

data 世界の災害に比較する日本の災害被害

出典:内閣府『平成26年版防災白書』

 

マグニチュード6.0以上の地震回数

 

活火山数

 

災害死者数(千人)

 

災害被害額(億ドル)