「助けが来る」ための仕組み(前編)

 

※この年表にはこのページ本文で言及した災害を記載しています。

 

日本の災害医療体制の基礎

日本では、5098名の犠牲者を出した1959年の伊勢湾台風以降は、防災技術の進展などにより、1000名以上の犠牲者の出る大規模災害が発生しない時代が長く続いていました。しかし、それを一瞬で覆したのが阪神・淡路大震災でした。

災害とは医療の需要と供給のアンバランスが起きる状態を指すということは、災害医療の概要と重要性のページで述べました。しかし、阪神・淡路大震災当時の日本には、そのバランスを整える仕組みが存在せず、多くの「防ぎえた災害死」が発生してしまいました。

まず、多くの医療機関が被災し、医療の供給能力が著しく低下しました。被災の激しい病院や中小病院に患者が殺到したうえ、重症者をより高度な医療機関や被災地外に搬送することもできませんでした。また、救命医療に長けたチームが活動する仕組みがなく、救助後に圧挫症候群で死亡する人も大勢いました。

このような様々な医療需給のアンバランスを是正するためには、次のような仕組みが必要だったと言えます。

 ①災害時にも個々の医療機関の医療供給能力をできるだけ維持する
 ②被災地内外で調整を行い、医療資源がより充実した所に患者を搬送する
 ③必要な所に救命医療の専門家を適切に派遣する

また、②と③を円滑に実施するために

 ④医療の需給のアンバランスが生じている所を把握し情報共有を行う

という仕組みも欠かせません。

阪神・淡路大震災を経て、災害拠点病院、DMAT、広域医療搬送計画、EMISという、日本の災害医療制度の基礎となる四つの柱が誕生しました。これらの制度を需給バランス調整という観点から捉え直すと、災害拠点病院は①と②、広域医療搬送計画は②、DMATは②と③、EMISは④を実現するための仕組みであると整理できるでしょう。

息の長い支援の仕組み

これらの仕組みは、その後、新潟県中越地震やJR福知山線脱線事故*1などに活かされてきました。しかし、東日本大震災においては、「災害急性期に素早く救命医療を展開する」ことに重きを置いた制度だけでは、被災地の医療ニーズを十分に満たすことができませんでした。その結果、災害の亜急性期以降に医療需給のアンバランスが生じて災害関連死が多発するという新たな「防ぎえた災害死」が生じてしまったのです。さらに、EMISが未導入の県があったことや、甚大な被害を受けた医療機関がEMISに入力できなかったことなどから、「EMISで被災状況を把握したうえで支援の戦略を練る」という従来の姿勢では支援が行き届かないことも明らかになりました。

そこで、JMATやDPATをはじめ、主に亜急性期以降に様々な医療ニーズに応えるためのチームの充実が図られました。現在では、各県や地域で災害医療コーディネーターを養成し、災害時に行政と共に様々な医療チームの派遣調整等を行う体制も確立されつつあります。また、EMISのさらなる普及や、災害拠点病院の指定要件の見直しも行われました。

熊本地震以降の課題

2016年に発生した熊本地震では、被災した精神科病院からの患者搬送にDPATが活躍するなど、東日本大震災の教訓が活かされた部分が多々ありました。一方で、多様な支援チームが入り乱れることによる命令指揮系統の混乱も生じ、これは各支援チームを統括する「保健医療調整本部」構築の契機となりました。さらに今後の課題として、各自治体や医療機関には、支援を受ける側となった場合を想定し、受援体制を平時から構築しておくことも求められるようになりました。

また、災害時にEMISに自主的に入力した医療機関が約2割と低い割合*2だったことも課題となっています。現在では、全国の9割以上の病院で、EMISの登録が完了しています*3。被災した医療機関だけではなく、機能を維持している医療機関も状況を発信することで、必要な場所に円滑に支援が届くようになるということを、より多くの医療関係者が認識する必要があるでしょう。

「助けが来る」ことを知っておく

医学生の皆さんの多くは、今後長く続く医師人生のどこかで災害に直面することになるでしょう。勝手知ったる病院や自宅でならまだしも、もし外勤先や赴任したての病院にいるとき、一人で当直をしているときに災害が起きたら――災害医療について何も知識がなければ、どうしたらいいかわからず途方に暮れてしまうでしょう。この特集を通じて皆さんに知ってほしいことは、災害医療の基本原則(後述コラム参照)が存在するということ、そして、被災地で奮闘する医療者・医療機関を助ける様々な仕組みが用意されているということです。

この特集で紹介したことは、災害医療のほんの一部です。これを機に、災害医療の制度や、実習先・臨床研修先の医療機関の災害対策などに関心を持ち、学びを深めていってほしいと思います。

 

*1 JR福知山線脱線事故…2005年4月25日午前9時18分頃、兵庫県尼崎市において発生した脱線事故。朝の通勤・通学時間帯に発生した事故は、運転手1名を含む107名の死者と562名の負傷者を出し、国内の鉄道事故としては戦後4番目の規模となった。日本集団災害医学会の尼崎JR脱線事故特別調査委員会報告書では、医療的な意味での「防ぎえた災害死」はなかったと報告されている。

*2 中山伸一(分担研究者)(2017)"EMISに関する研究", 「首都直下地震・南海トラフ地震等の大規模災害時に医療チームが効果的、効率的に活動するための今後の災害医療体制のあり方に関する研究平成28年度総括研究報告書:平成28年度厚生労働科学研究補助金(地域医療基盤開発推進研究事業)」

*3 厚生労働省「第2回救急・災害医療提供体制等の在り方に関する検討会」議事録 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_07897.html(2022年3月16日最終閲覧)

 

「助けが来る」ための仕組み(後編)

column

CSCATTT ~災害時の医療対応の基本原則~

 

災害時には、刻一刻と状況が変化するなか、限られた医療リソースを適切に配分しながらできるだけ多くの人を救うことが求められる。非常事態においても混乱を最小限にしながら適切に行動するための基本原則として、イギリスで考案されたのが「CSCATTT」である。

 

 

 

 

災害時の医療活動の基本であり、三つを合わせて「3T」とも呼ばれる。トリアージ(T)の結果に基づき、傷病者の安定化のための治療(T)を行って、安全に病院に搬送(T)すること。ただし、災害現場では3Tより、それらの活動を円滑にするためのCSCAの確立が優先される。

 

 

第41号特集「大規模災害と医療」参考文献一覧

・鵜飼卓・高橋有二・青野允編(1995)『事例から学ぶ災害医療――「進化する災害」に対処するために』, 南江堂
・大友康裕・小井土雄一・山口芳裕・跡見裕・石川広己編(2020)『災害医療2020 大規模イベント、テロ対応を含めて』, メジカルビュー社
・小井土雄一(研究代表者)(2017)「首都直下地震・南海トラフ地震等の大規模災害時に医療チームが効果的、効率的に活動するための今後の災害医療体制のあり方に関する研究平成28年度総括研究報告書:平成28年度厚生労働科学研究補助金(地域医療基盤開発推進研究事業)」
・小井土雄一・石井美恵子編(2017)『多職種連携で支える災害医療――身につけるべき知識・スキル・対応力』, 医学書院
・小井土雄一(研究代表者)(2015)「東日本大震災の課題からみた今後の災害医療体制のあり方に関する研究平成26年度総括研究報告書:平成26年度厚生労働科学研究費補助金(地域医療基盤開発推進研究事業)」
・小井土雄一(研究代表者)(2014)「東日本大震災における疾病構造と死因に関する研究平成25年度総括研究報告書:平成25年度厚生労働科学研究費補助金(地域医療基盤開発推進研究事業)」
・小井土雄一・近藤久禎・市原正行・小早川義貴・辺見弘(2011)「東日本大震災におけるDMAT活動と今後の研究の方向性」『保健医療科学』Vol.60, No.6
・厚生省健康政策局長通知(1996)「災害時における初期救急医療体制の充実強化について」(健政発第451号)
・厚生労働省(2018)「広域災害・救急医療情報システム(EMIS)の歴史と進歩、そして課題(第2回救急・災害医療提供体制等の在り方に関する検討会資料4)」
・厚生労働省医政局長通知(2012)「災害時における医療体制の充実強化について」(医政発0321第2号)
・国土交通省『令和2年版国土交通白書』
・小濱啓次(研究代表者)(2004)「新たな救急医療施設のあり方と病院前救護体制の評価に関する研究総括・分担報告書:平成15年度厚生労働科学研究費補助金(医療技術評価総合研究事業)」
・「災害医療コーディネーター活動要領」
・Bündnis Entwicklung Hilft (Alliance Development Works), and United Nations University – Institute for Environment and Human Security (UNU-EHS) , “WorldRiskReport 2016”
・内閣府『令和3年版防災白書』
・日本集団災害医学会DMATテキスト改訂版編集委員会編(2015)『[改訂第2版]DMAT標準テキスト』, へるす出版
・「日本DMAT活動要領」