医学教育の展望
高校からの9年間で人間力豊かな医師を養成(前編)

受験勉強にしばられない教育で、道徳心を育んでほしい

医学教育はいま、大きな変化の渦の中にあります。臨床研修必修化はもちろん、医学研究の成果や新しい技術の開発に伴って学習内容は増加し、新しい取り組みがどんどん進んでいます。そんな医学教育の今後の展望について、最前線で取り組んでいる教育者を取り上げ、シリーズで紹介します。

近年の医師不足に対応するために、医学部の定員が増員されたり、地域の医師確保のために地域枠が設けられたりと、推薦入試・編入学など、医学部に入学する方法は多様化しつつある。これらは医学生の学力低下と結びつけて論じられ、批判の対象になることもしばしばだ。

しかし、医師になるために必要なのは、厳しい受験競争を勝ち抜き、狭き門をくぐり抜け、医学部に進学した後もテストで良い点数を取り続けることだけなのだろうか?医師という職業には、学力や医療に関する知識が求められる側面だけではなく、人と向き合う職業という側面もあるはずだ。

みなさんは、日本で唯一の医学部附属高校である川崎医科大学附属高校をご存じだろうか。生徒の9割以上が医学部に進学する附属高校では、偏差値や受験勉強に振り回されず、医学部附属の強みを活かし、『人間(ひと)をつくる、体をつくる、学問をきわめる』という建学の理念にもとづいて、人間教育と勉学を織り交ぜた特色ある教育を行っている。

今回は、川崎医科大学附属高校で行われている早期からの医学教育の内容や、その理念について、校長の新井和夫先生にお話を伺った。

9年一貫教育による、 人間性の涵養

川崎医科大学附属高校は、昭和45年(1970年)、川崎医科大学と同じ年に設置された。高度経済成長期のさなか、受験戦争が激化していった時代だ。

「創設者の川﨑祐宣は、大学設立と同時に附属高校を設置した意図について、以下のように語っています。
『一生の間で、人格形成を左右する大切な年齢層は高校時代であろう。この年頃に、唯々、大学の入学試験に合格することのみを目標にして、受験科目だけに集中した勉強のために心身を損ない、いびつな知識を持った青年が出現しつつあるのは悲しむべきである。医師になるためには、片寄らない均整のとれた心身が必要である。』
創設者の川﨑が理想としたのは、『常識を備え、良心的で温かみがあり、信頼される』医療人です。そのために必要な、人間性・知性を涵養する教育を実現するために、附属高校を同時に設置し、最も感受性豊かな高校生の頃からの9年一貫教育を始めたのです。」

全寮制の環境で身につく コミュニケーション能力

附属高校の全校生徒数は2014年10月現在、3学年の合計で75人。イギリスのパブリックスクールのような、人格形成に重点を置いた全人教育をめざす全寮制教育は、日本ではまだあまり馴染みのない制度だ。

先生「全寮制による教育は、『人間(ひと)をつくる』という建学の理念にもとづき、豊かな人間性を育むために行っています。
生徒たちは、赤の他人と寝食を共にするという初めての経験のなかで、時にはぶつかりあいながらも、人との距離の取り方を身につけていきます。医師の子弟が多い傾向はありますが、その中にも親の期待を子どもなりに汲み取って、何となく…という感じで入学してくる生徒もいれば、地方の医師の子弟で、私が医師になって帰らないと、地元が無医村になってしまう!という強い使命感を持って入学してくる生徒もいます。医師になりたいという夢は同じでも、様々な考えをもった仲間と、お互いに刺激しあいながら成長していってほしいですね。」

全寮制教育のメリットは、生活能力や人間関係を築くコミュニケーション能力など、教科書や授業ではなかなか教えられない能力を高められる点だ。近年、様々な場所でコミュニケーション能力が取り沙汰されているが、医療者にとってもコミュニケーション能力は重要な課題だ。

「大人数で複数クラスのある学校だと、気の合う人とだけ仲良くして3年間を過ごすこともできますが、本校は小規模で、しかも全寮制なので、そういうわけにもいきません。また、クラスメイトや先輩後輩といった年の近い者だけでなく、教員や寮の舎監などの年長者とコミュニケーションを取る場面も多くあります。
医師になると、患者さんはもちろん、先輩医師、看護師や事務、その他医療にかかわる人たちと協力しながら医療を提供することになります。卒業生からは、特に先輩医師や上司とのコミュニケーションの取り方について、全寮制の環境で学んだことが役に立っているという声を聞きますね。また、附属高校出身の医学生は実習で患者さんへの接し方が優しいと評価していただける傾向もあるようです。」

 

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