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本庶 佑京都大学特別教授 ノーベル医学・生理学賞受賞記念新春対談

2018年ノーベル医学・生理学賞受賞 本庶 佑 × 横倉 義武 日本医師会会長

今号では、ノーベル医学・生理学賞受賞記念新春対談として、本庶佑京都大学高等研究院副院長/特別教授が2018年11月1日、「日本医師会設立71周年記念式典並びに医学大会」で日本医師会最高優功賞を受賞された際に、横倉義武会長と基礎医学を取り巻く現状や日医に期待する役割等について語り合った模様を掲載する。

※この記事は「日医ニュース(平成31年1月5日号)」に掲載された記事の表記などをドクタラーゼ用に改め、転載したものです。

横倉:本庶先生にはご多忙のところ、対談を快くお引き受けいただき、ありがとうございます。また、この度のノーベル医学・生理学賞の受賞、誠におめでとうございます。日本の医療に携わる者として大変喜ばしく、誇りに思っています。日医の会員でもある先生がノーベル賞を受賞されたということで、ぜひ、先生と対談をさせていただきたいと考えておりました。

本庶:どうもありがとうございます。

横倉:さて、今回の受賞までに様々なご苦労がおありになったかと思いますが、その辺りのことも含めて、ノーベル賞受賞に至るまでの経緯をお聞かせいただけますでしょうか。

本庶:ご承知のように、がんが前世紀の後半から人類にとって最大の脅威ということは、どなたも考えておられることだと思います。もちろん、医学者もがんに対しては大変な努力をしてきましたが、まだ根治には至っていません。早期発見により死亡率がずいぶん下がったがんもありますが、治療としてがんを治せるという状況には、なかなかならなかったわけです。もちろん、化学療法や放射線治療もどんどん改良されてきましたが、これという新しい薬は意外と出てこなかったのです。私が研究してきた免疫療法は、何十年も多くの人が努力をしてきましたが、これももう効かないのではないかと多くの臨床家は思っていました。

私どもが論文を発表したのが2002年です。これは1992年に発見した分子が、免疫のブレーキ役だということがわかって、このブレーキを外したら免疫は強くなって、ひょっとしたらがんが治せるのではないかという考えを持ったのです。

実はこれは私がオリジナルというわけではなくて、多くの人がそういうことを考えていたのですが、ブレーキ役の分子が何かということがずっとわからなかったのです。

私と今回共同受賞をしたジェームズ・アリソン先生は、CTLA-4という分子がそのブレーキ役であるということに気が付いて、それを使ってみたのが1996年です。私たちがPD-1がブレーキ役だということに気が付き始めたのも同じ頃です。

ただ、アリソン先生のCTLA-4という分子は、実は副作用が非常に強く、遺伝子破壊したネズミは、生まれてから4、5週間で全て死んでしまったのです。それで、これは薬にはならないのではないかなと私たちは考えました。

一方、私たちの分子、PD-1は遺伝子を破壊してもなかなか症状が出ず、14か月ぐらいかかってようやく症状が出てきました。研究室の学生がもう諦めて放っておいたネズミが、ある時行ってみたらおかしかったというぐらいなのです。ですから、これを使ったら多分、非常に副作用が少なくて効くだろうと考え、研究を続けました。そうしたところ、ネズミでは非常に効果があったのです。

それからは、何とか企業の協力を得ようと思って頑張りましたけれども、これも最初は非常に大変でした。小野製薬との特許が公開された後、米国のメダレックス社から連絡がきて、その後、開発がとんとん拍子に進みました。

分子が発見されたのが1992年。ネズミのモデルでがんが治るということが出たのが2002年、その後、企業が参入して認可が下りたのが2014年ですから、22年かかってようやく患者さんの治療に使える薬になったということです。非常に長かったですが、今は大変うれしい気持ちです。

横倉:この薬の開発によって、今まで治療方法もなく、諦めておられた方々が助かったわけですし、多くの皆さんが本当にありがたいと考えていると思います。

本庶:患者さんが直接来られたり、今日も実は、ある先生が私のところに来られて、そういう声を直接聞かせてくださったり、我々がやってきたことに意味があったんだなと実感できて、本当にうれしいです。

横倉:さて、いよいよノーベル賞の授賞式で、ストックホルムにお出かけになられますが、授賞式では何を楽しみにしていらっしゃいますか。

本庶:実はまだそこまで考えられなくて…。受賞が決まった直後から、電話は鳴り続けるわ、電報は来るわ、それからいろいろな方がお見えになるわで、大忙しでした。

メールは世界中から頂きまして、私のメールボックスがパンクしそうになるぐらいでした。秘書にそれをプリントアウトしてもらったのですが、厚さが20センチを超えるぐらいあり、全てにお返事するまでには至っていないのが現状です。また、講演をお引き受けしつつ自叙伝も書かなくてはならず、まだしばらくは大変な状況です。

横倉:ゆっくりできるのは、年が明けて、少し暖かくなる頃からですかね。

本庶:そうですね。1月が過ぎたら、少し余裕ができるかなと思っています。