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医の倫理の基礎知識 2018年版
【医師と患者】B-16.てんかん患者の自転車運転と医師の対応

渡辺 憲(鳥取県医師会会長)


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1.はじめに

 てんかんの持病をもちながら、治療中断または健康管理不良の状態で自動車運転中に発作が起き、多くの人を死傷させる事故が相次ぎ、2014年5月より自動車運転死傷行為処罰法が施行された。この法律は、無免許、飲酒等の自動車運転にきわめて危険な状態で運転して重大な死傷事故を起こした場合に適用されるもので、このなかに、てんかん等の「政令で定める病気の影響で正常な運転に支障が出るおそれのある状態」で起きた死傷事故も含まれている。

 てんかんは、若年期に発症して長年にわたる抗てんかん薬を主体とした薬物療法の継続が必要な疾患で、発作時には意識が失われ、全身にけいれんが起きるなど、自動車運転にきわめて危険な状態になる。

 また、てんかんは若年期以降も、頭部外傷、脳血管障害などの脳器質障害にて起きる症候性てんかんのほか、近年、老年期において、はっきりした器質病変なく意識変容を主体とした複雑部分発作の病型を呈する高齢者てんかんも若年者と同様に有病率が高い(65歳以上人口の1%)ことが分かってきた。2016年に近畿地方で起きた70歳の高齢運転手が観光バスを運転中、突然蛇行運転を続け、添乗員がハンドルを操作して止めた事故は、運転手の初発高齢者てんかんであったと言われている。

2.てんかんをもつ患者への自動車運転に係る医師の指導

 かつては、てんかんは運転免許について絶対的欠格事由とされ、てんかんと診断された患者は運転免許取得を拒否される時代が長らく続いた。現在は、政令に定められる「一定の病気等」として、発作の病型ならびに健康管理の状態によって運転が許可されている。すなわち、「発作が再発するおそれがないもの(実質的には2年間発作が起きていないことが要件とされる)」、「発作が再発しても意識障害および運動障害がもたらされないもの」「発作が睡眠中に限り再発するもの」においては、運転免許取得が認められる。

 一方、医師が上記の状態に該当しないてんかんの病状を確認した場合は、患者に自動車の運転を行わないように指導することが重要で、さらに、発作がみられるにもかかわらず、運転を続けている患者を確認した場合、医師が任意で公安委員会へ届け出ることも制度化されている。実際には、定期的に受診している患者については、患者との治療関係から、医師としては患者の治療を優先すべきで、現実的には直ちに届け出をしにくい面があると思われるので、まず運転を中止するように強く指導し、指導に従わないケースについては届け出を行うべきであろう。

3.てんかん患者の運転免許に係る診断書作成のポイント

 てんかん患者においては、以下に該当する場合、運転免許が許可される。

①過去に5年以上発作がなく、今後発作の起こるおそれがない。

②発作が過去2年以内に起こったことがなく、今後、X年であれば発作が起こるおそれがない(Xは担当医が判断し、診断書に記載)。

③1年の経過観察後、発作が意識障害及び運動障害を伴わない単純部分発作に限られ、今後、症状の悪化のおそれがない。ただし、運転に支障を来す発作が過去2年以内に起こったことがないのが前提である。

④2年の経過観察後、発作が睡眠中に限って起こり、今後、症状の悪化のおそれはない。

 運転免許に係る診断書の作成にあたっては、発作出現の状況確認が重要であるが、これについては、患者および家族の報告によることが大半と思われる。患者の診療にあたっては、常に発作ならびに発作の前兆について丁寧に確認し、生活・健康管理面の指導にあたることが重要である。

4.高齢期初発のてんかん

 高齢者において、運転が禁止される疾患として認知症が注目されているが、高齢期に初発するてんかんも少なくないことに留意すべきである。高齢者てんかんにおいては、けいれん発作を伴わない意識変容(複雑部分発作)を主体とする病型が多く、認知症と誤認されたり、発作症状に気づかれないことも少なくない。高齢者てんかんが、日常診療の中で見逃されることなく、適切に診断・治療が行われることが、高齢者の運転事故を防止する上でも重要と考える。

 近年、抗てんかん薬の進歩によって発作はコントロールできることも多く、条件が許せば運転も許すべきである。また、医師は患者のてんかん発作に立ち会っていないことが多く診断にあたっては専門医に紹介するなど慎重に対処することも大切である。

(平成30年8月31日掲載)

目次

【医師の基本的責務】

【医師と患者】

【終末期医療】

【生殖医療】

【遺伝子をめぐる課題】

【医師とその他の医療関係者】

【医師と社会】

【人を対象とする研究】

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