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医の倫理の基礎知識 2018年版
【医師と社会】G-9.高齢者虐待と医師の対応

遠藤 英俊(国立長寿医療研究センター長寿医療研修センター長)


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 高齢者虐待は厚生労働省の調査によれば相談・通報は年間27,900件を超えており、その対策は喫緊の課題である。高齢者虐待は人権擁護や権利擁護の明確な侵害である被虐待高齢者のうち、要介護認定を受けている者が66.8%であり、さらにそのうち、認知症高齢者の日常生活自立度がⅡa以上の人が70.2%であった。虐待者の続柄は、息子(40.5%)、夫(21.5%)、娘(17.0%)、妻(5.8%)息子の配偶者(4.0%)の順であった。虐待の種別・類型(複数回答)では、身体的虐待(67.9%)が最も多く、次いで心理的虐待(41.3%)、介護等の放棄(19.6%)、経済的虐待(18.1%)の順に多い。

 すなわち被虐待高齢者には認知症の人が多い。高齢者の存在を認め、尊敬し、個人の尊厳を守るためには、高齢者虐待の防止と予防は医師の役割である。医師としては、虐待の兆候を疑った場合には、患者の保護に努め、地域包括支援センターや警察に通報する。被害者に生命の危険がある場合には、通報は義務である。

 高齢者虐待の主な兆候としては、全身症状として、脱水、低体重、意識障害、不衛生、新旧混在の外傷瘢痕、多数の小さな出血、不審な傷、また多数の円形の火傷、手背部や口腔内、背部の火傷などの不自然な火傷、多発性の骨折、新旧混在する骨折、肋骨骨折などがある。さらに頭部外傷、頭蓋内出血、眼球損傷(前眼房や網膜の出血)、難聴(鼓膜破裂)、性器外傷(性器や肛門周囲の外傷)、内臓損傷、内臓破裂、反復する尿路感染症等がある。

 高齢者虐待の被虐待者と思われる患者の診察に際しては、全身の診察、全身の骨のレントゲン撮影、外傷部位の写真撮影をするか、もしくは図示をしておく、出血性疾患のスクリーニング、身体測定とその評価、認知症や行動障害の評価を行うことも大切である。そして治療を開始するほか、緊急入院や保護の判断を行う必要がある。行政が緊急で入所措置を判断する場合もある。

 家庭内虐待防止のためには、本来介護者への啓発と支援体制が最も重要である。精神的・身体的介護負担をとるためには、介護者の教育が重要である。介護者が介護の知識、技術を習得することが第一歩となる。また家族の会への参加なども有用である場合がある。介護負担が原因であれば、レスパイトサービスの利用が有効である。

 虐待の原因の1つに、家庭内での人間関係が以前から悪かった場合がある。この場合は人間関係を改善することは困難であり、近親者の関与により改善できればよいが、できなければ距離をとるよう検討する。また加害者や被害者がさまざまな精神疾患をもっている場合もあるが、専門の医師と相談しつつ、解決方法を検討する。また明らかに家族による虐待が推定されて被虐待者も、本人が家族を守るために加害を否定し、家族を保護する傾向がある。これを共依存という。さらに経済的困窮が高齢者虐待につながる場合もある。身体的虐待や心理的虐待も複合的に起こりうるが、経済的虐待につながる可能性が高くなる。経済的虐待の防止のためには、加害者の経済対策を行うことが重要である。たとえば破産宣告をしたことでよい結果を得る場合もある。こうした場合には弁護士や行政などに相談し、成年後見制度を利用することが解決につながる場合もある。

 また、虐待の定義には当てははまらないが、近年一人暮らしの高齢者の増加という背景もあり、セルフネグレクトが増加している。これには日ごろの安全確認と、緊急時の対応が地域において「共助」による支援が求められる。

 施設内虐待の最近の傾向としては、件数も増加しているが、加害者として無資格で経験の浅い男性職員による虐待が多い。この対策は施設内の教育が必須である。一般病院における高齢者虐待対策は日ごろから虐待マニュアルを作成し、被害者が緊急入院してくる場合を想定して、連絡網の整備が必要であり、また、被害者保護に努め、定期的な職員研修も重要である。こうした被害者ならびに虐待者への支援には行政や地域包括支援センターと日ごろから連携することが求められる。

(平成30年8月31日掲載)

目次

【医師の基本的責務】

【医師と患者】

【終末期医療】

【生殖医療】

【遺伝子をめぐる課題】

【医師とその他の医療関係者】

【医師と社会】

【人を対象とする研究】

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