医師への軌跡

「みんなをハッピーに」
病院の外にある医療をデザインする
原澤 慶太郎

原澤先生

外科医から地域医療の道へ

アメリカで幼少時代を過ごし、子どものころから国籍を問わず全ての人を幸せにできる仕事をしたいと思っていた。紛争のただ中で活躍する外傷外科医に憧れて医師を志すが、外科の道に進んでみるとそう単純ではなかった。

「目の前のことに精一杯で、気づいたら後期研修の心臓外科プログラムに入っていた…という感じでした。毎日手術をし、3日に1回は当直もする。手術のことしか考えない日々を送っていましたね。」

同世代が新しい技術の勉強や留学の準備をし始めた医師7年目のころ、原澤先生は自身の技術向上よりも、病院の「外」に興味を持ち始めたという。

「患者さんの退院後の生活を考えるうち、手術は人生のうちの一瞬でしかないということがわかってきました。僕は手術に関することならわかるけれど、医師でありながら、この国で生まれて死ぬまでの間がどうなっているのかよくわかっていないことに気づいたんです。それから少しずつ病院の『外』にある地域医療や在宅医療について調べるようになり、知れば知るほどこの分野に課題があることがわかってきた。自分のやりたい医療はこれかもしれないと感じました。もともと新たな課題に挑むのが好きだったし、とにかく人をハッピーにしたいという僕の関心に合っていたのかなと思います。」

医療の枠組みを超えて

新しい分野に転向したその年、東日本大震災が起こった。同僚が南相馬市立総合病院に支援に行ったことがきっかけで、原澤先生も南相馬を訪れることになる。

「原子力災害というこれまで経験したことのない課題の前で、現地では様々なコンフリクトが生じていました。国も医療も十分な解決策を提示できていない。ここには自分にできることがあると感じました。」

2011年11月に南相馬市立総合病院に赴任。とにかくやるべきことは山積みで、仮設住宅への訪問診療、インフルエンザワクチンの出張予防接種など、様々な支援策を行ってきた。ただ原澤先生は、そうした目の前の課題を解決するだけでなく、社会を俯瞰的に見て、長い目で取り組むべき課題もあることに気づいていた。そこで原澤先生が取り組んだのが孤独死の予防だ。その名も「ひきこもりのおとうさんを引き寄せよう!プロジェクト(HOHP)」。避難生活を送る中高年の男性に、日曜大工などを通じてやりがいを提供する支援策だ。

「阪神・淡路大震災の経験から、慢性疾患があり仕事のない中高年の男性が最も孤独死のリスクが高いことはわかっていました。同じ轍を踏まないためにも、『次の世界を描こう』という言葉をスローガンにして、他職種や住民を巻き込んだ支援を続けてきました。」

南相馬での2年の勤務を経て、現在は千葉に戻った原澤先生だが、今後も医療の枠組みを超えた支援を続けていきたいという。

「地域や家で暮らす高齢者が増えていけば、病院の『外』にある医療について、新しいアイデアを出し合ってデザインしていくことが重要になると僕は考えています。これからも、社会を少しでもいい方向に進めるという気持ちを持って臨床を続けていきたいと思っています。」

原澤 慶太郎
亀田総合病院 地域医療イノベーション プロジェクト ディレクター
2004年、慶應義塾大学医学部卒業。亀田総合病院で初期・後期研修を行い、心臓血管研究所付属病院での勤務を経て、2011年に地域医療の道に転向。2011年11月から南相馬市立総合病院に出向し、同院の在宅診療部の立ち上げに携わる。2013年より現職。現在は地域包括ケアモデルの構築や、在宅医療領域におけるコミュニケーションの質の向上といった課題に取り組んでいる。
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