日本医師会の取り組み
これからの「医師の働き方」
医師の健康を守り、誇りを持って仕事に取り組める環境を
「働き方改革」の時代
現在、業界・職種を問わず、日本社会全体の「働き方」が問い直されています。医学生の皆さんも、「働き方改革」、「一億総活躍社会」といったキーワードを聞いたことがあると思います。今回は、医学生が感じている「医師の働き方」についての疑問をもとに、日本医師会常任理事の松本吉郎先生にお話を伺いました。
Q1.「医師の働き方」については現在、どのような議論があるのでしょうか。
松本吉郎先生(以下、松):2017年3月に政府が定めた「働き方改革実行計画」で、労働者の時間外労働に上限*1が設けられることになりました。勤務医の多くは過重労働であり、労働時間を削減していく必要があるのは言うまでもありません。しかし、医師には医師法で定められた「応招義務」があり、「診療治療の求めがあった時には正当な事由がなければ、これを拒んではならない」と規定されています。そのため、労働時間の上限の適用について、医師については経過措置を設けることが提言されています。
日本では、国民が24時間常に医療を受けられる体制が当たり前であり、医師もそれに懸命に応えてきました。そのことを踏まえて、医師の労働時間の上限規制についても2年後をめどに、医療者も交えた検討ののちに結論を出すことになっています。
Q2.「適正な労働時間を守って働きたい」という気持ちと、「たくさん働いて、たくさん学びたい」という気持ちの両方があります。
松:研修医や若手医師が、長時間医療現場にいて少しでも研鑽を積みたいという気持ちはわかります。しかし、長時間あるいは連続の勤務が続くと、身体的にも精神的にも疲労が蓄積されてしまいます。医師自身の健康が守られないことはもちろん、医療安全の観点から見てもこれは大きな問題です。
勤務医や研修医の働き方については、日本医師会が「医師が元気に働くための7カ条」(表)を作成しているので参考にしてほしいと思います。
また、日本医師会は「医師の働き方検討委員会」を設けており、この問題についても重点的に話し合っています。
(表)医師が元気に働くための7カ条 |
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その1 睡眠時間を充分確保しよう 最低6時間の睡眠時間は質の高い医療の提供に欠かせません。 患者さんのために睡眠不足は許されません。 |
その2 週に1日は休日をとろう リフレッシュすればまた元気に仕事ができます。 休日をとるのも医師の仕事の一部と考えましょう。 |
その3 頑張りすぎないようにしよう 医慢性疲労は仕事の効率を下げ、モチベーションを失わせます。 医療事故や突然死にもつながり危険なのでやめましょう。 |
その4 「うつ」は他人事ではありません 「勤務医の12人に1人はうつ状態」。 うつ状態には休養で治る場合と、治療が必要な場合があります。 |
その5 体調が悪ければためらわず受診しよう 医師はとかく自分で診断して自分で治そうとするもの。 しかし、時に判断を誤る場合もあります。 |
その6 ストレスを健康的に発散しよう 飲んだり食べたりのストレス発散は不健康のもと。 運動(有酸素運動や筋トレ)は健康的なストレス発散に最も有効です。 週末は少し体を意識的に動かしてみましょう。 |
その7 自分、そして家族やパートナーを大切にしよう 自分のいのち、そしてかけがえのない家族を大切に。 家族はいつもあなたのことを見守ってくれています。 |
Q3.医師の労働時間を短くするためには、医師の数を増やすしかないのでしょうか?
松:医師の労働時間が長くなる原因は、医師の地域・診療科における偏在、医師の業務の生産性の問題、医療従事者間の業務分担や協働における課題など、様々なものが考えられます。医師の数を増やさなくても、労働状況の改善の余地はあると私たちは考えており、今後議論を深めていく予定です。
Q4.夜勤と宿直の違いを教えてください。
松:夜勤と宿直は、どちらも夜間帯の勤務体系を指す言葉ですが、労働基準法上での扱いは異なります。
夜勤は夕方以降に始業し、翌朝まで勤務することです。通常の勤務と同様に、休憩時間以外を実働時間とみなします。
対して宿直は、夜間の睡眠時間を病院が確保したうえで病院に泊まり込み、緊急時の対応などの業務を行うものです。
宿直は週1回、日直は月1回を限度として、病院が労働基準監督署の許可を受けた場合には、労働時間とはみなされません。しかし、病院や診療科によっては、救急患者の対応に追われて、ほとんど眠れないこともあります。そのような場合は、宿直を夜勤とみなす場合もあり得ます*2。
しかし、そのような状態が続くと、当然健康に悪影響を及ぼしてしまいます。そういう時には、上司や病院の産業医に相談するなど、誰かに悩みを聞いてもらうことが大切です。女性医師の働き方に関する相談窓口については様々な組織で設置が進んでいますが、年齢・性別を問わず働き方について相談できるような窓口があるといいかもしれませんね。
また、ワーク・ライフ・バランスを保ちながら働くために「勤務間インターバル」という考え方を取り入れようという動きもあります。夜遅くまで残って働いて、次の朝も早くから仕事が始まるのでは、十分な睡眠・休息がとれません。そのため、やむを得ず終業が遅くなった時には、次の勤務の始業時間を遅らせて、勤務間には一定の時間を設けるようにするという考え方です。
「働き方改革実行計画」では、労働時間の設定の改善に関する特別措置法を改正して、この勤務間インターバルを努力義務として規定すべきだと提言されています。
医学生へのメッセージ
編集部:最後に、医学生へのメッセージをお願いします。
松:日本医師会は、若い医師や勤務医が心身の健康を維持しながら、誇りを持って仕事に取り組める環境を作っていくことを重要な使命だと考えています。
医師は、患者さん一人ひとりの命を預かる、やりがいのある責任の重い仕事です。どれだけ研鑽を積んでもゴールがあるものではありません。その時々の状況によって、できること、できないことがあると思いますが、自分の置かれた状況や立場や与えられた時間の中で、最善を尽くしていくことが大切なのではないかと私は思っています。
そして、ある程度経験を積んで、時間的な余裕ができたときには、公共的な仕事で社会に貢献するということも考えていただけたらと思います。学校医になったり児童の虐待防止や薬物乱用の防止に取り組んだりと、医師ができる仕事には色々なものがあります。また、医師の仕事は人と接する仕事ですから、人間としての幅も大事です。医師としての研鑽も重要ですが、若いうちは色々なことにチャレンジして、幅広い経験を積み重ねていってください。
*1…月45時間、年360時間を原則とし、臨時的な特別な事情がある場合でも年720時間、単月100時間未満(休日労働含む)、複数月平均80時間(休日労働含む)。
*2…当直は宿直と日直の総称ですが、宿直の意味で使うこともあります。




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- 医師への軌跡:志水 太郎先生
- Information:Autumn, 2017
- 特集:医学生よ、声をあげよ 医学教育への学生の参画を考える―第5回医学生・日本医師会役員交流会―
- 特集:運営委員3名の振り返り座談会―学生が主体性を持って医学教育に参画できる未来へ―
- 特集:交流会を終えて
- 特集:医学教育の専門家に聴く ①医学教育の第三者評価
- 特集:医学教育の専門家に聴く ②新たな専門医の仕組み
- 特集:全体ディスカッション
- 「食べる」×「健康」を考える①
- 同世代のリアリティー:テレビ番組制作の仕事 編
- 地域医療ルポ:栃木県宇都宮市|ひばりクリニック 髙橋 昭彦先生
- チーム医療のパートナー:看護師(がん化学療法・がん放射線療法)
- 10年目のカルテ:内分泌代謝内科 堀内 由布子医師
- 10年目のカルテ:感染症内科 西村 翔医師
- 10年目のカルテ:リウマチ・膠原病内科 須田 万勢医師
- 日本医師会の取り組み:これからの「医師の働き方」
- 医師の働き方を考える:夫婦二人三脚で、離島の6千人の健康を支える
- 大学紹介:岩手医科大学
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- FACE to FACE:井上 鐘哲×中居 薫花