地域医療ルポ
医師として、地域の一員として、とことん問題と向き合う
熊本県球磨郡相良村 緒方医院 緒方 俊一郎先生
県南部、球磨郡のほぼ中央。山林を貫くように清流・川辺川が流れ、中~下流域の平野部には田畑が広がる。特産物は米・茶・メロンなど。現在の人口は4,500人ほどだが、 2045年には半減するとの予測も。村内に病院はないため、周辺の市町村と「球磨医療圏」を形成し、連携に努めている。
新緑がうるおい、清流・川辺川がやさしくきらめく初夏。人吉市街からなだらかな山道をたどって進むと、緒方医院の看板が見えてきた。石造りの表札には「全科」の文字。4代目の祖父が作ったものだという。
「祖父はもともと学校の教員でした。祖父の兄が医業を継いだけれど、自分もやっぱり医師になりたいと、内緒で医専に通ったそうです。祖父がいなければ今の私はなかったでしょう。」
祖父も、跡を継いだ父も、この山の盆地一帯の医療を支え、その信頼を背に村長になった。父が村長に立候補した時、緒方先生は九州大学病院で2年間の研修を終えたばかりだった。
「福岡で就職する予定でしたが、『村長になったら医師はできない、帰ってきてくれないと困る』と言われ、すぐに帰ってきました。経験のないなかで、骨折や外傷、脳卒中など、とにかく呼ばれたら何でも診ました。かつて軍医の教育係だった父からは、衛生兵や看護師にも応急手当や簡単な処置を教え、現場でどんどんやらせていたと聞いていたので、私も『現場で必要なことは何でもやらなければ』という意識は持っていましたね。」
緒方先生はライフワークとして、水俣病患者の診療にも携わっている。研修医時代、地元の疾患を勉強したいと、熊本大学の原田正純先生を訪ね、現地で学生たちと合宿したことが縁になった。
「今でも私のところに『自分は水俣病ではないか』と訪ねてくる方がいらっしゃいます。そういう方々をできるだけ拾い上げ、救済につなげることができたらと思っています。」
さらに先生は医院での診療のみならず、地域とその住民を守るための様々な活動をしてきた。地域の保健師と協力し、農薬や合成洗剤の有害性を啓発する活動を行ったり、学校医としてゴルフ場建設の反対運動に参画したり、水害を防止するために原生林の皆伐反対運動を主導したりした。川辺川ダム建設の計画が立ち上がった時も、反対運動に力を尽くした。結果、ダムは建設中止になった。
活動について語る先生には、学園闘争の時代に医学生だった青年の面影が見え隠れする。
「あの頃は夜遅くまで仲間と議論したり、教授に交渉しに行ったりするのが当たり前でした。白衣デモと称して、博多の街を練り歩いたこともあった。自分から積極的に学びに行かなければ教えてもらえない、問題だと思ったことにはしっかりと向き合い行動しなければならないという気風のなかで医学を学んだことが、私の原点になっているのかもしれませんね。」
(写真中央)祖父が小学校に寄贈した衛生室が医院の隣に残る。
(写真右)「熊本緑の百景」に選定された雨宮神社。
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