医学生×社会学研究者
同世代のリアリティー
社会学研究者 編(前編)
※取材は2020年2月上旬に実施しました。医学生の学年は取材当時のものです。

今回のテーマは「社会学研究者」
今回は、大学院で社会学を研究する研究者3名に集まっていただきました。社会学とはどのような学問なのか、どのようなテーマの研究をしているのか、その研究テーマを選んだきっかけは何かなど、詳しくお話を聴きました。
社会学ってどんな学問?
小口(以下、小):皆さんは大学院で社会学を研究されているそうですが、どのような研究をしているのでしょうか?
庄子(以下、庄):僕は自身の出身地でもある福島県をフィールドに、東日本大震災後の福島県の復旧やその課題について研究しています。
菅森(以下、菅):私は乳がんを経験した人の病気への意味づけや、患者会と呼ばれる患者さん同士のネットワークを研究しています。ちなみに私は大学卒業後に社会人になった後で再入学した社会人学生です。
笹川(以下、笹):私は茨城県の農山村をフィールドに、過疎化や高齢化などの問題を抱えた農山村の地域づくりについて研究しています。私も一度大学を卒業後、実際に地域づくりに携わった後で、再び大学院に入学しました。
立木(以下、立):社会学とはどのような学問ですか?
庄:インタビューやアンケートなどの社会調査を使って、人々の価値観や関係性の結び方などを理解することを目指します。「他者の合理性の理解」と呼ばれることもあります。
菅:例えば、病気をした方がその病の経験を人生の中でどのように意味づけているのか、患者さんと医師はどんなコミュニケーションを行っているのかなどが研究の対象になりますね。
笹:フィールドは違いますが、私たちはフィールドワークとインタビュー調査を方法にしている点で共通しています。
渡邉(以下、渡):社会学を学んだ人はどのような進路を選択するのでしょうか?
庄:学部生の就職先は様々です。社会学部にはメディアについて学ぶ学科も多いので、広告業界やマスコミを志望する人は多いと思います。一方で、大学院を志望する学生はあまり多くないと思います。大学院の博士課程まで進むと、進路としては研究者がほとんどになります。
笹:私は修了後、再び地域づくりに関わりたいと思っています。社会学は身近な場所に問いを見つける学問だから、仕事と研究を行ったり来たりできるのかもしれません。
菅:最近は私たちのように、社会人になってから大学院に入学したり、仕事をしながら研究をする人も多いですよ。
立:仕事と研究の両立は大変ではありませんか?
菅:幸い理解のある職場なので、あまり無理は感じません。また、研究発表や資料の集め方が仕事にも役に立っていると感じることも多いです。ただ、もう少し文系の博士号が一般企業などからも評価されればいいのに、と思うこともあります。
庄:なかなか常勤職に就けない「ポスドク問題」など、文系の博士課程院生の進路には課題が多いですね。
立:医学部の勉強は卒業後の進路に直結しているのですが、つい受け身になってしまって、敷かれたレールの上を走っているような感覚になることもあります。皆さんのように自発的に大学院で研究する人の熱意は、刺激になります。
研究内容を選んだきっかけは?
渡:皆さんが自身の研究内容を選んだきっかけは何だったのでしょうか?
笹:私がフィールドにする農山村は、過疎や人手不足などへの対策として、他の地域との合併や、外部者を3年間地域づくりに参加させる「地域おこし協力隊」という制度を利用して、地域おこしを試みています。かつて私もその一人として地域づくりに参加しました。その活動の中で、合併で地名がなくなった地域住民の喪失感や、「『よそ者』としての外部者」と地域住民との葛藤に気付きました。この気付きをきっかけに今は、その葛藤を通して外部者がどう変わっていくか、反対に、地域住民は外部者との交流を通してどのように「地域」を再発見するのかを、お祭りなどの地域活動に参加しながら聴き取っています。
菅:私は学部生の時、看護師さんにインタビューをし、その内容を卒業論文にしました。自分にできないことを仕事にしている人に興味があったからです。ただ、社会人になった後も看護師さんの包容力への感動を忘れられず、今度は病をケアする医療者ではなく、病の当事者について研究しようと思いました。自分が女性であることと、先生の助言もあって、乳がんというテーマに至りました。
現在、女性にとって乳がんはとても身近な病気である一方、乳がんを公言する人が多いわけではありません。乳がん経験者が心に抱えるストレスを解消するには、家族や医療者だけでなく同病者の存在が重要になります。最近は患者会やイベントに参加しながら、女性同士の関係という観点から、乳がんの同病者関係を考察しています。
庄:僕は学部生の時に起きた震災をきっかけに、地元のことを考えたいと思いました。自分はたまたま社会学部にいるから、友達や知人に話を聴きながら、震災後の福島で生きている人たちが何を考えているのかを調べようと思ったことが、研究の始まりでした。当時も今も「福島」と聞いて福島に住んでいない人が抱くイメージと、住んでいる人の様子との間にギャップがあります。それが当時からの問題意識というか、考えたいことの根本にありますね。修士課程からはそのギャップを考えるために、福島における「笑い」について研究しています。
渡:自分の経験が研究テーマになることも多いんですね。医学と関わりのあるテーマでも、アプローチが違って新鮮です。
医学生×社会学研究者
同世代のリアリティー
社会学研究者 編(後編)
インタビューする際のコツとは?
小:実習をしていると、問診で患者さんからうまくお話を聴けないことがあります。インタビューのコツはありますか?
笹:私は話が逸れることも楽しんでしまいます。気付けば6時間ぐらい家にいて「夕飯も食べていきなさい」と言われ、そのまま食べることもあります。それに、本題から逸れているような思い出話の中にも当時の地域の描写があり、大事なことがわかることもあるんですよ。
菅:私は相手を「患者さん」というレッテルを貼って見ないようにしています。「患者さん」として捉えると見えなくなるものが多いんです。「患者さん」である以前に、様々な経歴をもった一人の女性が、たまたま乳がんになって、その経験を私に教えてくれている。だから私は「乳がんの経験者」と呼ぶようにしています。
立:「経験者」という言葉、すごく腑に落ちました。
調査を通して「他者」に出会う
渡:調査する人数などは決まっているのでしょうか?
庄:研究によって様々です。多くの人を対象に広く浅く調査することもありますし、特定の人を深く掘り下げることもあります。調査をしていると、時折強烈なインパクトのある人に出会うことがあるんです。そういう場合、広く浅く聞いた話と並べてみてもかえって理解できなくなるので、その人一人からしっかりとお話を聴き取ることもあります。知りたいことに応じてアプローチを変えていけるのは、人を相手にする研究だからこそかもしれませんね。
菅:私も、強烈な人との出会いがフィールドに入るきっかけになりました。その方は乳房再建の患者会を立ち上げた方で、初めて会った時、再建乳房のヌード写真を見せてもらったんです。普段の生活では初対面の人から裸の写真を見せてもらうことはないので衝撃でした。乳がん経験者の全員が再建をするわけではないし、写真を撮る人はごく一部です。ですが、だからこそ「再建した乳房を写真に撮るのはなぜか」という問いから乳がんを考えるという、社会学的な考え方ができました。
笹:私は、山に入る前に「雪崩に遭わないように」と呪文を唱えてくれたおじいさんや、春に蒔く種を袋に入れて「種様」と呼ぶおばあさんと出会ったことが衝撃的でしたね。東京にいると気付かない、自然と人との付き合い方があるんだと思い知らされました。
庄:僕らは理解できない人に出会ったとき、「この人は何を考えているんだろう」とかえって惹かれてしまうのですが、それは社会学を学んでいる者の性なのかもしれません。皆さんも医師になって、患者さんを人として深く理解しようとすると、相手が何を大事にしているかわからなかったり、どうしても理解できなかったりすることがあると思いますが、それこそが「他者」に出会うという経験なのではないかと思います。
「人を相手にする」ということ
小:皆さんのお話を聴いて、今後医師としてしっかりと患者さんの話を聴き、その人生に向き合っていこうと思いました。
立:私は普段、何かに疑問を持って知りたいと思うことが少ないので、関心を持って研究する皆さんの姿勢に尊敬を覚えました。人との関わり方としても勉強になりました。
渡:大学に入ってから医学部の人としか関わったことがなく、文系の全く違う分野の方の話を聴くのが初めてだったので、刺激になりました。社会学は人と深く関わる分野であり、その点では医学とも共通する部分があると思いました。
※この内容は、今回参加した社会人のお話に基づくものです。
※取材は2020年2月上旬に実施しました。医学生の学年は取材当時のものです。



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