番外編 臨床以外の道に進んだ先輩に聴く
【基礎研究】萩原 賢太先生
(バーゼル大学 フリードリッヒ・ミーシャー研究所
博士課程)-(前編)

――先生が医学部に進学された経緯をお聴かせください。
萩原(以下、萩):僕はもともと神経科学と複雑系物理に興味がありました。どちらも理学部で研究できるので、東京大学の理科一類に進学しました。ですが色々と本を読むうちに、人を診る、特に精神科領域の患者さんと関われることが研究上の強みになるかもしれないと思い、再受験をして九州大学医学部に入り直すことにしました。
――卒業後、海外の大学院に進学したのはなぜですか?
萩:研究内容を自分の関心により近づけたかったからです。医学部時代は視覚情報処理を研究しており、手応えもありました。ただ、視覚の研究では、動物が見るものをコントロールするために、麻酔下で実験を行います。自分は認知・行動など、より高次な脳の機能のほうに関心があったので、国内外問わず研究室を探して留学しました。
――現在の研究内容について教えてください。
萩:記憶のメカニズムを研究しています。人間は経験から物事を覚えますが、有機物である脳が記憶をどう作り貯蔵しているかはあまりよくわかっていません。それを理解するためにマウスに対して「何かを覚えて何かを思い出す」という行動課題をデザインし、その時の脳の神経細胞の活動パターンを調べています。
――基礎研究の道に進むことを選んだのはいつでしょうか?
萩:学部5年生の時です。アメリカ留学から戻られてすぐの、研究を精力的に進められている若い教授が、分子生理学教室に赴任したんです。それまでは学内に基礎研究として神経生理を扱うラボがなく、精神科臨床医の道も考えていたのですが、生理学教室の環境はとても刺激的で、そのまま教室に出入りして研究させていただくようになりました。
――先生は臨床研修を経ずに研究者としての道を歩まれていますが、不安はありましたか?
萩:九大医学部の中では珍しい選択でしたが、東大時代の同級生の中には物理学などの方面で研究の道に進む人もいたので、不安は少なかったです。むしろ医師免許がある分、他学部の研究者に比べればリスクは少ないと考えていたと思います。
――研究のやりがいはどのような点にありますか?
萩:予想外の結果が得られ、それに対して理論的な説明がついた瞬間にやりがいを感じます。思いもよらない実験結果が出ると、最初は困惑します。何回やってもそうなるということはその結果が正しいのでしょうが、よく意味がわからない。それでも実験を繰り返すと、どこかのタイミングで理解できる瞬間があるんです。といっても、そんな瞬間は滅多に訪れませんが。
番外編 臨床以外の道に進んだ先輩に聴く
【基礎研究】萩原 賢太先生
(バーゼル大学 フリードリッヒ・ミーシャー研究所
博士課程)-(後編)
――そうした瞬間に出会うまでに、壁にぶつかることも多いと思いますが、研究のモチベーションはどう保っていますか?
萩:きれいなデータが取れる、実験がうまくいくなど、小さな成功体験が日々のモチベーションにつながっています。
また長期的には、自分が100年後の医学に貢献しているという確信があります。現在僕たちが享受している医療は、どこかの誰かが積み上げてきた研究の結晶です。たとえどれほど小さく、今は誰も気に留めない研究でも、必ずどこかで未来の医学の貢献につながっていると考えて研究をしています。
――どのような人が基礎研究者に向いていると感じますか?
萩:基礎研究の適性は、正直なところわかりません。成功した研究者を思い浮かべてみても、それぞれスタイルも能力も異なっています。強いて言えば、運が強い人かもしれませんね(笑)。実験が予想外の方向に進み、それが面白く膨らむのが理想的な研究の形ですが、どういう予想の外れ方をするかは当然全く予想がつかないからです。もちろん結果の解釈の仕方などに、能力差や事前準備の差が出ると思いますが、それでも偶然の要素は非常に大きいですね。
――基礎研究者を目指す人には、海外留学を勧めますか?
萩:研究を進めるうえで国の違いはあまり関係なく、むしろ研究室ごとの差の方が大きいと思います。もちろん英語でコミュニケーションするといった大変さはありますが、海外だからと尻込みしたり、逆に留学に固執したりせず、研究内容やレベルを第一に考えることを勧めます。
――医学部出身者が基礎研究に従事する利点は何でしょうか?
萩:短期的には、「結果をどう臨床に応用するか」を思いつきやすい点ですね。臨床に応用可能な発見があっても、医学の知識体系を知らなければ気付けなかったり、具体的なアプローチの仕方がわからなかったりするのではないでしょうか。
長期的には、医学教育への貢献があるでしょう。臨床の道に進むにしても、医療の背景にある研究についての知識や理解は必須です。卒業生の多くが臨床に進む医学部でこそ、研究能力の高いスタッフが基礎医学教育をする必要があると考えています。研究能力を優先して医師免許を持たない人を採用する医学部も増えてきており、良い流れだと思いますが、いまだに医師免許を持った人が優先的に採用されやすいという体質はあるように思います。
医学部卒業 | 2013年 九州大学医学部 卒業 | 東京大学理科一類を中退した翌年、医学部に再入学しました。 |
卒後1年目 | 九州大学大学院医学研究院 分子生理学分野 | 学部生時代の研究がうまく進んでいたこともあり、大学院では違う環境で挑戦してみたいと考えていました。学部生時代の研究や仕事の積み残しがあったため、卒後1年間は研究室にそのまま残りつつ、国内外問わず自分の関心分野に近い研究室を探しました。 |
卒後2年目 | バーゼル大学 フリードリッヒ・ミーシャー研究所 博士課程 | |
卒後8年目 | バーゼル大学 フリードリッヒ・ミーシャー研究所 博士課程 | 自分のやりたい研究に存分に専念するため、独立した研究室を主宰するのが今の目標です。 |
2013年 九州大学医学部 卒業
2020年7月現在
バーゼル大学 フリードリッヒ・ミーシャー研究所
博士課程



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