地域医療ルポ
かつての日雇い労働者の街へ、
「医・衣・職・食・住」を
神奈川県横浜市中区 ポーラのクリニック 山中 修先生
県政・市政の中枢機関や、山下公園・横浜中華街などの観光地を擁する、横浜市の中心部。首都高を挟んでそれらと反対側に位置する寿地区は、かつては東京の山谷、大阪の釜ヶ崎と並ぶ日雇い労働者の街として知られた。現在は高齢化が進み、身寄りのない生活保護受給者が多く住む。

横浜市中区寿地区。簡易宿泊所で暮らす生活保護受給者や、路上生活者が溢れる、いわゆる「ドヤ街」と呼ばれる街で活動する医師がいる。山中修先生は、ポーラのクリニック院長として独居高齢者の訪問診療や看取りを行う傍ら、路上生活者の自立支援を行うNPO法人「さなぎ達」の代表を務めている。
「さなぎ達」が目指すのは、ホームレスの人たちの 「医・衣・職・食・住」の改善だ。なかでも最初に考えるべきは「住」=居場所であると山中先生は言う。
「ホームレスの人たちと話してみると、実に様々な人がいます。路上生活を心地よいという人もいれば、居心地悪いから抜け出したいって人もいる。じゃあ、抜け出して社会復帰したい人はどうしたらいいかというと、まず必要なのは居場所の確保。それで作ったのが『さなぎの家』です。行くとお茶やお菓子、生活用品があって、誰かしら人がいる。気が向いたらおしゃべりしてもいいし、歯ブラシ1本もらっていくだけでもいい。そうして少しずつ、社会との関わりが生まれていくんです。」
その後「さなぎの食堂」が立ち上がり、「住」に続き「食」の支援も始まる。そして2004年、山中先生は勤めていた病院の循環器内科を離れ開業。寿地区の「医」を司る決意をした。
「ホームレスになるなんて自業自得だ、治療する必要はない、と言う医師もいます。ですが、親の顔も知らず、お墓のお供え物で食いつなぐしかなかったような人は『自業自得』で、恵まれた環境のもと、十分な教育を受け育った自分は『努力した立派な人』、そんな単純に線引きができますか? そんな判断をしている暇があるなら、医者は黙って仕事に専念すべきでしょう。」
では、医師がすべき仕事とは一体なんなのだろうか。
「世の中には思いもよらぬ事情を抱えた人がいますが、そういう事情や今の生活を全部引っくるめて、鳥の目虫の目で患者を診ることです。僕も正直、勤務医の頃はそんなこと考えていませんでした。心臓だけ診ればよかった。でも寿には、死を目前にして自分の意思を示せず、家族の意向も確認できない人がいる。どう生きたいのか、どう死にたいのか。その人全体を見て、思いを汲み取るしかないんです。
寿で色んな人の話を聞くようになって、僕の人生も変わりました。本当にエキサイティングですよ。医師は毎日多くの患者さんと出会います。その中で、人生の転機となる出会いが必ずあります。若い皆さんも、日々の出会いを自分なりに消化し、自分の人生をどう転じさせるか、よく考えていってください。」



(写真中央)「横浜は弱者を排除しない、懐の深い街」と山中先生。
(写真右)毎日多くの外来患者を診つつ、週2回の訪問診療を行う。



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