郡市区医師会の現場を見てみよう!(1)

実際の現場ではどんな活動が行われているのでしょうか。横浜市中区医師会・秩父郡市医師会・遠賀中間医師会の3地区医師会に取材しました。

地域住民に最も近い医師会

郡市区医師会は、地域住民の健康と医療に最も近いところで活動をしている医師会です。会員は主に地域の診療所や病院の常勤の医師ですので、どんなニーズがあるのかが医師自身に見えやすく、地域のニーズに応じたきめ細やかな対応ができる立場です。また「医師一人ひとりが市民のために」というところに医師会活動の原点があるので、医師会の入会窓口も郡市区医師会が担っています(大学医師会も郡市区医師会の一種であり、大学等で医療に従事する医師は、大学医師会に入会する場合もあります)。

今回は3つの郡市区医師会を取り上げました。それぞれを見るとわかるように、3つの医師会が力を入れて取り組んでいる内容には独自性があることがわかります。

もちろんどの郡市区医師会も、予防医療や健康増進、休日・夜間診療などの一次救急、さらにいえば急性期から戻ってきた後の在宅医療や訪問看護といった、どこの地域でも必要とされるベースラインを守る活動は行っています。そこにプラスアルファとして、地域独自のニーズに合わせた活動を自主的に行っているのです。

これらの活動は、行うことによって診療所が儲かるようになるというわけでもありませんし、必ず行わなければならないということでもありません。むしろ、日常の診療だけでも忙しい医師にとっては、「負担」と感じられることもあるかもしれません。そこで当然生まれてくるのが、「そこまでして、ボランティアのような医師会活動にわざわざ参加する意味があるの?」という疑問だと思います。

ネットワークとしての役割

医師会活動を行うことの大きなメリットは、医師同士のネットワークができることです。大学病院などに所属している間は、自分の専門外の診療科の医師が周りにいるのが当たり前かもしれませんが、地域の診療所や医療機関に配属になったり、開業したりすると、ひとつの医療機関では医療が完結できない場合も発生します。そこで、近隣の医療機関の医師たちが連携しながら医療を行う必要が出てきます。

専門外で診られない患者さんを地域の別の医療機関に送る立場でも、逆に市立病院など急性期の医療機関で患者さんを受け入れる立場でも、双方が互いのことを知っていることは、医師や医療機関が連携する上でとても重要です。郡市区医師会はそんなネットワークとして機能します。

普段から医師会活動を通じて相互に交流していることによって、同じ科を標榜する先生でも、それぞれ専門性があることがわかったり、それをあらかじめ知っていることで、急変時の対応を変えたりすることができます。医療はひとりではできないからこそ、横のつながりによってお互いが気持ちよく仕事をすることができるのです。

このように、医師会という枠組みを通じて地域の診療所や病院が連携・協力して、地域住民の健康を守る――それが郡市区医師会の活動です。大学や大規模病院で、医局内や部門を越えた医師の連携・協力が必要なのと同様に、地域医療にあたる医師も互いに助け合い、大きな組織のような形で地域住民の様々なニーズに応えていく――郡市区医師会の存在意義は、この点にあるのではないでしょうか。

郡市区医師会の現場を見てみよう!(2)

横浜市中区医師会

医師として以上に、地域に貢献

横浜市中区医師会会長・向山小児科医院院長 向山 秀樹先生

「横浜市中区医師会の医師たちは、戦後からの長い歴史を通じて、患者さんや地域の人々のためにできる限り手を差し伸べてきました。診療所や病院の先生方が自分たちの医療施設を使用して、無償で患者さんや地域住民のための会合を開き、地域の交流を深めてきた姿は、とても素晴らしいと感じます。人の命を預かる医師という職業になった以上は、医師として地域医療を支えていくのはもちろんのこと、先輩方の足跡を追って様々な形で地域に貢献していく必要があると思っています。これから医師になる若い方々には、その心・その生き方を知ってほしいと思います。」(向山先生)

国際色豊かな地域ならではの取り組み

横浜市中区医師会

横浜市中区は、古くから貿易の町として栄え、みなとみらい・山下公園・中華街など多くの商業地・観光地を有する国際色豊かな地域です。そのため、中区医師会では1947年の創立当初から、英語をはじめとした多くの外国語を日常の診療に使用してきた歴史がありました。現在でも住民の10%以上が外国籍というこの地域では、診療において様々な言語が必要とされます。そのため医師たちは、通訳補助のNPOやボランティア団体、県の国際交流センターを活用したり、自らタガログ語・セブアノ語・マレーシア語などの言語を勉強したりしているそうです。

独自の取り組みとしては、22か国語の小児外来受診用の通訳表を日本で初めて作り、小児科診療所に配布するといった取り組みを行っています。これは、小児によくみられる症状の22か国語それぞれの単語とイラストが対応した表で、指差すことで確実に医師に症状を伝えることができます。

休日急患診療所

医師会員が休日も交代で勤務し、住民の健康を守っています。(写真:横浜市中区医師会)


郡市区医師会の現場を見てみよう!(3)

秩父郡市医師会

研修医が根付く環境をつくる

秩父郡市医師会会長 新井 政幸先生(写真左)
秩父病院院長 花輪 峰夫先生、ちちぶ医療協議会(写真右)

秩父郡市医師会は、埼玉県西部の山間部に位置する秩父市、横瀬町、小鹿野町、皆野町、長瀞町の1市4町の地域医療を担う郡市区医師会です。医療過疎地域ではありませんが、救急医療と産科医療の医師不足は深刻です。医師会はこの地に根付く医師を育てるべく、「ちちぶ医療協議会」として行政と連携しながら、医師確保に力を入れています。

「開業される先生はある程度おられますし、診療所が足りなくて困っているわけではありません。問題なのは、二次救急を受けられる病院の勤務医が少ないこと。医師会としては、コンビニ受診などで救急が回らなくなる状況を防ぐために、二次救急病院に医師会員を一人派遣して、平日夜間の小児一次救急と、休日日中の一次救急を診る仕組みを運用しています。」(新井先生)

「若い医師に地域に根付いてもらうためには、『ここでキャリアを積める』と安心できる土台を築くことが重要だと思います。具体的には、専門医資格が取れる施設基準を満たすことが大切です。

現在、医科大学の研修協力施設として多くの初期研修医を受け入れていますが、今後は後期研修医を受け入れる体制を築いている最中です。一病院としてはまだまだ課題もありますが、開業医の先生方や、同じく二次救急を担う秩父市立病院と連携して、地域全体で患者さんを診る体制は整っているのではないかと思います。そのなかで活躍できる医師を育てる仕組みを作っていきたいですね。」(花輪先生)

学校医の手配

健診の他にも、例えば感染症流行の際の学級閉鎖の判断も学校医の仕事です。

看護学校の運営

地域で働く看護師を育てるため、様々な地域で郡市区医師会が看護学校を運営しています。(写真:秩父看護専門学校)


郡市区医師会の現場を見てみよう!(4)

遠賀中間医師会

地域で完結する医療を提供する

遠賀中間医師会おんが病院 末廣 剛敏先生(写真左)、遠賀中間医師会専務理事 柴山 均先生(写真右)

福岡県の遠賀中間医師会は、中間市、岡垣町、芦屋町、遠賀町、水巻町という1市4町を束ねる郡市区医師会です。北九州都市圏の最も西側に位置し、高次医療機関は北九州市内に集中しているため、近くに救急の受け入れ先がないという問題がありました。そこで2005年に遠賀中間医師会が、経営難だった県立遠賀病院を引き受ける形で、医師会病院を発足させました。

「以前この地域にあった県立病院は、急性期医療機関としては不十分な体制で、経営状態もひどいものでした。ですからこの地域の急性期の患者さんは、車で1時間ほどかけて北九州市内の病院にかかることが多かったのです。そこで県立病院を引き受ける形で、地域内で急性期医療を担える医師会立病院を作りました。当初は医師が集まらなくて大変でしたが、最新鋭の設備があり、互いの顔の見えるコンパクトな病院の働きやすさもあって、素晴らしい先生が次々に来てくれたのです。」(柴山先生)

「私は2011年から、ここで救急を担当しています。この地域は高齢者も多いので、急変でどの科に送ったら良いかわからないという患者さんも多かった。そこで私は『救急総合診療部』を開設して、なんでも横断的に診る窓口を作ったのです。どんな患者さんでもとりあえず受け入れる体制があることで、地域の開業医の先生方も紹介がしやすくなったと言って下さいます。私の所で振り分ければ専門科で高度な治療も可能なので、遠くに通わなくても、地域の診療所と当院だけで完結する医療体制が実現できています。」(末廣先生)

住民への健康講座

予防医療に対する取り組みの一環として、各地の医師会で住民向けの健康講座などが開かれています。

産業医

工場が多い地域には、産業医活動に力を入れている医師会もあります。都市部では、企業で働く人のメンタルヘルスの管理という点でも、産業医のニーズは高まっています。

開業医と勤務医の合同勉強会

遠賀中間医師会


また、遠賀中間医師会には看護師会もあります。医師・歯科医師・薬剤師の「三師会」は様々なところにありますが、ここは看護師を含めて「四師会」と呼ばれています。よく、診療所に勤める看護師は新しい知識を取り入れる機会がないなどと言われますが、看護師会ではおんが病院の施設を利用して、定期的に講演会や勉強会を行っており、看護師の生涯学習もサポートしています。