先輩医師インタビュー
安藤 高朗(医師×病院経営者)

職場環境の改善で患者満足度は向上する-(前編)

臨床現場や「医師」という仕事の枠組みを超えて、様々な分野で活躍する先輩医師から医学生へのメッセージを、インタビュー形式で紹介します。

安藤 高朗
医療法人社団永生会理事長。1984年に日本大学医学部を卒業したのち、父の急逝に伴い永生病院の経営を継ぐ。日本の医療の抱える問題を提起・解決するため、日本中の医療機関を飛び回り、講演や勉強会に参加している。東京青年医会名誉代表。八王子市医師会理事。

父の急逝でいきなり経営者に

多くの医学生は「病院経営」と聞いても、何か縁遠いものに感じるかもしれない。若き日の安藤氏にとっても、それは近くて遠い存在だった。父親の経営する病院を将来的には継ぐつもりでいたが、学生時代にはあまり経営のことは考えていなかったという。

「昔は経営のことなんてよくわかりませんでしたが、そうも言っていられない状況になりました。実は父が突然亡くなり、病院を継ぐことになったんです。」

駆け出しの医師だった安藤氏は当時29歳。一刻も早く一人前の経営者になる必要に迫られた。最初は独学で病院経営を学んでいたが、河北総合病院の河北博文氏に誘われて若手の病院経営者が集まる東京青年医会の勉強会に参加するようになった。熱心になるあまり講師に食って掛かったり、意見が合わない時にはつかみ合いの喧嘩をしたりするようなその場の雰囲気に、最初は戸惑ったという。

「こんな所でいったい何を学べるんだろうと半信半疑だったんですが、参加者の病院経営に対する熱い想いを知るにつれて、盛んな議論が楽しくなっていったんです。」

強い意見の持ち主たちとの深い交流を通じて、「病院経営とは何か?」というものを考えるようになっていった。

患者が満足する病院を目指して

親から教わった病院経営のコツは、他の商売と同じく「単価と稼働率を上げること」だった。しかし単に利益を追求するだけでは患者は病院に来てくれない。安藤氏は当時、患者満足度向上のための経営改革を進めていたが、自分の経営方針と職員が病院に望む方針との間にズレが生じていると感じていた。その結果、職場の雰囲気が悪くなり、さらに職員の余裕がなくなって患者の声を聞くことができなくなるという悪循環に陥ってしまったのだ。これでは患者に満足してもらうのは難しいと考えた安藤氏は、まずは職場環境の改善をするために職員満足度調査をすることにした。

「実は職員の満足度調査だけはやらない方がいいと先輩方から言われていたんです。やると必ず落ち込むぞと。それでも実施してみたところ、見事に落ち込んでしまいました。あまりに悪い結果だったので…。」

それから職場環境の改善に向けた試行錯誤が始まった。調査結果を見ると「患者の話をもっと聞きたいが余裕がなくできない」という職員の葛藤が伝わってきたほか、「上の人と話す機会が少ない」という声も多かった。そんな状況を改善するために、安藤氏は職員10人ずつと直接話をする理事長懇談会を設け、さらに毎年合宿を行って経営の方針を伝えるようにした。また現場の意見の中にいいものがあれば採用し、プロジェクトチームを作って実行するようにした。そうすると次第に職員の不満が解消され、職場に対する満足度も向上していった。またそれと同時に職員の患者に対する接し方にも余裕が生まれ、結果として「次も永生病院を利用したい」という患者の声も増えたという。患者に満足してもらえる医療の姿が、徐々に見えてきた。

「医療機関として治せる患者はきちんと早く治す。また治せない患者の場合でもいかにその方に満足していただけるかという点を追求していく。そういう姿勢が病院に対する患者からの信頼につながると考えています。」


先輩医師インタビュー
安藤 高朗(医師×病院経営者)

職場環境の改善で患者満足度は向上する-(後編)

医療を通じて街づくり・人づくり・想い出づくりを

2009年4月に東京都国民健康保険団体連合会からの移譲を受けて新たに南多摩病院の運営を始めたが、その運営は最初から厳しいものになった。看護師が約40人、医師も3分の1が辞めてしまったのだ。その知らせを聞いて死に物狂いでスタッフを集める安藤氏。そんななか、都立小児病院の統廃合に伴って閉院する八王子小児病院の機能の一部を、南多摩病院が承継することになった。

「南多摩病院も小児医療も、最初はやるつもりはなかったんですよ。医師会や行政に頼まれて手を挙げたら当たってしまった。大変だ、困ったぞと。でもこれも何かのご縁。八王子の医療を手薄にしてはまずいと思い、清水の舞台から飛び降りるつもりで挑戦することにしたんです。」

スタッフ集めに奔走したところ5人の医師が手を挙げてくれ、人手不足の状況のなかでも混成チームの医療体制で何とか患者に対応していった。最初は20%ほどだったベッド稼働率は日を追う毎に改善されていき、今では95%に達するまでになった。

「急性期からリハビリ、慢性期・在宅という一連の流れを作りたい。医療や介護を通じて八王子の街づくり、人づくり、想い出づくりをしていきたいんです。職員が満足して働き、患者さんが治っていく環境を築くことで、最終的にみんなの良い想い出をつくれたら嬉しいですね。」

いい仕事をすることが次へのエネルギーになる

世界中の治療法を手軽に調べられるようになった現代、患者に満足してもらえる医療を提供するためには医師自身の勉強が欠かせない。医師としても経営者としてもまだまだ勉強することが多いと話す安藤氏に、エネルギーの源・ストレスの解消法について尋ねてみた。

「最近は仕事と仕事以外を分けてリフレッシュしろと言われますが、私の方針は全く逆です。仕事を楽しんで、仕事を趣味にしていく。いい仕事をすればストレスは吹き飛びますし、それがまた次の仕事に向かうためのエネルギーにもなるんです。」

【東京青年医会とは】
正式名称は東京都私立病院会青年部会。1984年に河北博文氏が初代代表として設立。若手病院経営者の研鑽の場として1,200回以上の早朝勉強会を行っている。講師として内閣総理大臣経験者や厚生労働省の幹部、芸能人など多彩な人を呼び、会員の見識を広げている。