
本連載は、医師不足地域で働く若手医師に、地域医療の最前線で働くことの魅力についてお尋ねするコーナーです。今回は岩手県立中央病院の畠山翔翼先生、彩花先生ご夫妻にお話を伺いました。
岩手県立中央病院の魅力

――お二人はなぜ医師を目指したのですか?
畠山翔翼(以下、翔):私は小児喘息でよく大発作を起こし、夜間救急のお世話になる子どもでした。かかりつけの村田先生という小児科医を慕っていて、夜間や休日でも「村田先生でなきゃ嫌」と駄々をこねることがあったのですが、先生は当番でもないのに駆けつけてくださいました。村田先生は子ども心にヒーローで、村田先生のようになりたいと医学部に進みました。
畠山彩花(以下、彩):私は中高がキリスト教主義の学校で、For Others(他者のために)という教育を受けていました。中学生の頃は、緒方貞子さんに憧れて、難民の支援に関する仕事がしたいと思っていました。しかし、海外で活動することへの不安もあり悩むなかで、ふと「まずは目の前の困っている人に目を向けよう」と思い立ち、医学部を目指すことにしたのです。
――岩手県立中央病院(以下、中央病院)を臨床研修先に選んだ理由は何ですか?
翔:私は盛岡出身で札幌医科大学に進みました。札幌での生活は楽しく、一時期は札幌に残ろうかとも考えましたが、中央病院の充実した研修システムに惹かれ、ここを選びました。
彩:私は実家が東京で出身は筑波大学です。病院見学は、岩手から沖縄まで様々な病院へ、合計10か所くらい行きましたが、その中で一番違和感がないと感じたことが決め手でした。また、以前岩手を旅行した時に見た「さんさ踊り」がすごく楽しくて好きだったこともあります。
――中央病院の研修体制について具体的に教えてください。
翔:中央病院は同期が19人とかなり多く、全国から集まってきた人と切磋琢磨できます。また、感染症科以外のすべての科があり、どの科も研修医への指導体制が整っています。それに、救急搬送件数が多く、基本的にファーストタッチは研修医に任されるため、実力がつきます。
さらに、この病院の特徴として「基幹科システム」があります。最初の3か月半、自分で選んだ科に籍を置き、基礎をじっくり固めることができます。
彩:加えて、原則1か月間必修となっている地域医療実習が、中央病院では2か月間必修となっています。基幹病院らしく多くの症例を経験できる一方、地域に密着した医療も経験できる、バランスの良さが魅力です。
翔:岩手には20の県立病院と六つの地域診療センターがあり、それらが県内全域で連携しているという全国的にも珍しい体制です。そのため、大学病院でなくても、たすき掛け研修が可能なところも特徴的ですね。
(右)自生するフキノトウの雌花。

医師不足地域の医療課題
――岩手特有の医療課題について教えてください。
翔:岩手は1県で四国4県分と言われるほど面積が広い県です。例えば、沿岸部の大船渡から盛岡までは鉄道がなく、車でおよそ2時間半かかります。大学病院に通いたくても通えない患者さんのために、できるだけ地域で診ていく必要があると思います。
彩:産婦人科の話でいえば、大船渡には開業医がおらず、地域のお産はすべて大船渡病院が受け入れます。生理痛に悩む人も、大船渡病院まで通院しなければなりません。リスクのない普通のお産や、診療所で診るような症例が経験できることは勉強になりましたが、産婦人科医の偏在を痛感しました。
また、大船渡病院からの転院先や療養先の病院がないという問題もあります。帰宅が難しい患者さんのために、末期の緩和ケアや、看取りまで行うケースがかなりありました。
――地域に赴任する機会も多いのでしょうか。
翔:はい。私はこれまで、八幡平市立病院や県北の軽米病院、千厩病院などに赴任してきました。また、診療応援に行くことも多いです。遠方の病院に派遣されていた頃は、中央病院で仕事を終わらせて17時にタクシーに飛び乗り、翌日の9時まで現地で当直をしてから、またタクシーで戻って通常業務を行う、といった生活でした。
彩:私も研修医の時には千厩病院へ、この1年は大船渡病院に半年間、二戸病院に3か月間赴任していました。その他、二戸病院に2時間弱かけて診療応援に通っていました。月の半分以上は当番にあたっていましたね。

患者さんの生活が見える医療
――印象に残る患者さんとの出会いはありますか?
翔:中央病院は、医療資源が比較的豊富な盛岡市にあるため、退院後の生活まで医師が介入することはあまり多くありません。しかし八幡平市立病院では、貧困世帯や老老介護の世帯などの患者さんと接する機会が多くありました。地域に出ると、患者さんの生活環境を確認し、必要に応じて行政に掛け合って介護度の見直しを行い、より充実した介護福祉サービスを受けられるよう手配するなど、細やかな調整をする点が印象的でした。
彩:私が出会った印象的な患者さんは、卵巣がんで大船渡病院に入院していた方です。もともと大学病院に通院されていたのですが、病状が悪化して通えなくなり、療養目的で大船渡に転院してこられました。その方は「最後に家のことを整えたい」と希望されました。退院は到底かなわない状態でしたが、医療用麻薬を使えば何とか動けたので、緩和ケアの先生と臨床工学技士の力を借りて、小さな医療用麻薬のポンプを準備し、訪問看護師と共に2時間だけ外出してもらいました。患者さんの希望を短期間のうちに叶えられたのも、地域のことをよく知る看護師がいたからこそだったので、非常に印象に残っています。
――岩手で働くやりがいは何でしょうか?
彩:患者さんが穏やかで、若い研修医でも尊重し、信頼してくださいます。また、地域の病院に出れば、研修医であっても一人で当直しなければならないことも多く、一人の医師として患者さんに責任を持って関わる経験がしやすいと感じます。
私は学生時代から、「患者さんの生活が見える医療っていいな」と思っていたので、その点でも非常にやりがいを感じています。例えば、地域の病院に半年もいると、地名が把握できるようになります。「この患者さんの住む地域だと公共交通機関もないし、家族の送迎も難しそうだ。通院の頻度を少なくできないか」など、細かい部分まで考えられるようになったと思います。
翔:医師不足地域だからこそ、任せてもらえる症例数も多く、若いうちから主治医として患者さんに関わったり、チームの一員にさせてもらったりできるように思います。患者さんのために尽力し、「ありがとう」と言われると、やはり非常に嬉しいです。

その土地で求められることを
――今後のキャリアプランについてお聞かせください。
彩:二人とも、一度は大学の医局に入り、より専門的に学ぼうと考えています。ただ、私たちは出身地も大学も異なるため、どこの医局に入るかは日々相談しています。
将来的には、いつか離島に行くのが夢です。私が地域医療に興味を持ったきっかけは、学生時代に離島医療を経験したことでした。結婚相手は将来離島医療を一緒にやってくれる人に限ると決めていました(笑)。
翔:私は学生時代にお世話になった教授と、「大学院で研究して博士号を取る」と約束しています。大学院を出たら、できるだけ地域の第一線で働き、将来はそうして培った経験を離島の方のために役立てたいです。
――最後に医学生へのメッセージをお願いします。
翔:これは私自身の反省でもあるのですが、医師国家試験の勉強は臨床に直結するので、付け焼き刃にならないように勉強してほしいなと思います。臨床に出ると忙しくなり、広く深く勉強する時間をとるのはなかなか難しくなるので。
彩:私は産婦人科医ではありますが、当直では全科を診ています。他科に相談するにしても、その科の常識は最低限知っておく必要があり、国試で学んだことが活きているなと感じます。試験に受かるためではなく、医師になってからのことを想像しながら勉強してほしいですね。
また、自分の興味・関心を追い求めることも、自分の軸として大切なことですが、どこへ行くにしても、その場その場で必要とされることを着実にやっていってほしいと思います。私自身、ある医師の「その場所で求められていることをするのが良い医師だ」という言葉が印象に残っており、その土地で求められることを、楽しみながら精一杯頑張ろうという思いで、東京から茨城、岩手へと渡り歩いてきました。特に医師不足地域では、患者さんからすごく必要とされますし、都会より経験を積みやすい側面もありますから、敬遠せずに候補に入れてほしいです。
翔:そしてもし興味があれば、ぜひ岩手も候補に入れて考えていただけたら嬉しいですね。
(右)陸前高田市にある「奇跡の一本松」。かつて約7万本の松の木が生い茂っていた高田松原の中でただ一本残ったこの木は、復興のシンボルとされている。
畠山 翔翼先生
2017年 札幌医科大学医学部卒業
岩手県立中央病院 循環器内科
畠山 彩花先生
2017年 筑波大学医学部卒業
岩手県立中央病院 産婦人科
※取材:2021年5月
※取材対象者の所属は取材時のものです。



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