10年目のカルテ

多職種を率いる医師として
患者さんの暮らしを支えるのがやりがい

【神経内科】木下 香織医師
(松江赤十字病院 神経内科部)-(前編)

直接人を助けられる仕事

木下先生

――医師になる前は動物学を専攻していらしたんですね。

木下(以下、木):はい。理学部の動物学科で、放射線動物学の研究をしていました。毎日細胞を採取して増やして、顕微鏡で見て…という地道な研究生活をしていたんですが、4年生になる頃に阪神大震災があったんです。それまで、将来は研究職かなとぼんやりと思っていたのですが、震災を機に「もう少し目に見えて役に立てる仕事をやりたいな」と感じ、医師を目指すようになりました。当時は学士編入学できる大学がとても少なく、難易度も高かったので、修士課程に進んで研究を続けながら医学部を受験しました。

――神経内科を選んだのは、動物学の研究分野に近かったからなのでしょうか?

木:そうですね、もともと神経系・免疫系のシステムに興味があったのが理由のひとつです。ただ「非常時にどこに行っても役に立てるようになりたい」という思いが一番強かったので、「救急で全科当直を診られるような市中病院に研修に行かせてもらえませんか」と教授にお願いして、それを条件に医局に入りました。うちの医局は入局してすぐは大学病院で内科を回るのが習わしになっていたのですが、言ってみたらOKをもらえました。入局後半年は神経内科、その後の半年は小児科や放射線科、麻酔科などを回らせてもらって、2年目から市中病院に赴任しました。大学病院とは違ったスタイルの診療を経験できて、とても勉強になりました。

――いろいろローテートされた中で、やっぱり神経内科だなと思ったのはどの辺でしたか?

木:急性期と慢性期のどちらにもウェイトを置くことができるという点ですね。市中病院では救急で運ばれてきた脳卒中の患者さんを診たり、長期的に診ていく疾患を診察したり、難病の方の看取りをしたりと、かなり幅広く経験させてもらったのですが、どこにウエイトを置くかによって働き方も違うんです。急性期の疾患を診るのはとても刺激的な一方、慢性の難病を診るときには、その人の生活や家族のサポートなどについても考えながらじっくりコミュニケーションを取っていかなければいけません。治らない病気も多く、自分にできるだろうかという迷いもありましたが、難しい分チャレンジしたいと思いました。

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