
生殖医療にまつわる倫理的な問題 case1
産婦人科の外来を、マスクをした若い女性Aが訪れた。
問診票には、17歳、妊娠の可能性あり、とある。
「妊娠の検査薬で、陽性になったんです。」
「そうですか。最後の生理はいつでしたか?」
「・・・」
「わからないですかね。出産の意思の所が空欄になっていますが、迷っていますか?」
「・・・」
ご家族やパートナーには相談してますか?」
「・・・。パートナーとかじゃないんです。」
2か月ほど前、部活の帰りに、Aは夜道を家まで歩いていた。
見知らぬ男に、何度もしつこく声をかけられた。
脇目もふらず小走りで急いだが、人通りの途絶えたあたりで急に口をふさがれて、
抱え込むように車に押し込められた。ただただ怖くて、声さえも出なかった。
気が付くと、家から離れた通りの道端に倒れていた。
しばし、Aは立ち上がることができなかった。誰にも言えない。
何もかも忘れたい。けれど、なかったことにはできない――。
Aは去年、中学時代の友人が妊娠したことを覚えている。相手は19歳の大学1年生。当然のように、中絶してほしいと言われたそうだ。
友人も、若いから育てられない、そんな状況で産む方が子どもにとってかわいそうだと言う。
Aは怒りに震えた。そんな無責任なことがあるだろうか。
友人のことが信じられなかった。
命を授かった子が、生まれない方が幸せだなんて、とても考えることはできなかった。
「やはり妊娠しています。胎嚢っていう赤ちゃんが入る袋も見えますし、
だいたい10週目です。
つらいと思いますが、こういうときは中絶が認められています。
ただ、保護者の方がみえないと、それもできません。やはり、ご家族にお話ししないと」
「――私、迷ってるんです。産むか産まないか…もう生きてるんですよね。」
「・・・。そうですね。心臓は動いています。」
「この子は何も悪いことしてないのに…どうしたらいいですか?私の子どもなんですよ。
それを私が殺しちゃうなんて――」

生殖医療にまつわる倫理的な問題 case2
産婦人科からの帰り、Bは夫であるCにメールをしていた。B 「妊娠してた!よかった!!
でも先生には、年齢のこともあるからもう少し様子みましょうって言われた」
C 「おお!よかった!!帰ったら詳しく聞かせて。」
B 「D先生はね、まだ両親とかには言わないほうがいいかもって」
C 「なんで?何か問題があるの?」
B 「今のところ問題はないんだけど、やっぱり43歳にもなると、
染色体に異常が起きやすいからって」
C 「そうなのか。染色体に異常っていうのは?」
B 「ダウン症とか、いろいろ種類があるみたい。
多くは流産とかになっちゃうらしいんだけど…。
異常がないかどうか調べる検査もあるけど、それは妊娠10週以降だって。」
C 「じゃあ、再来週くらいには検査できるのかな?」
B 「え?検査するの?異常がわかっても何もできないのに…」
C 「うーん、でもダウン症とかもわかるんでしょ?
もし、障害がある子が生まれたり、生まれてすぐ亡くなるような病気だったら、と思うと――」
B 「染色体異常があったら、堕ろすってこと?」
C 「いや、決めつけてるわけじゃないけど…。
でも、僕らの年齢だと、障害のある子が生まれたとき、面倒見きれるのかな。
それこそ、僕らに介護が必要になったときにどうしたらいいんだろうとか…」
B 「それは――確かにね。
でも、ダウン症の子も今はちゃんと生きられるし、自立支援とかもあるんじゃないの?」
C 「僕も、自分のことじゃなかったらそう思うよ。でも、綺麗ごとじゃなくて、
元気で健康な子がほしいとも思わない?」
B 「結果を知っても悩むだけじゃないかと思うけど…。
うーん。とりあえず、次に病院行くときに一緒に来て、D先生の話を聞いてみない?
私も詳しいことはわからないから。」
妊娠11週目。BはCを伴って通院した。
B 「先生、出生前診断のことなんですが…」
D 「そうですよね。出生前診断の検査は、今の時期なら血液で行います。
ダウン症などの染色体異常があれば、確実に陽性の結果が出ますが、
確定診断のためには、更に羊水検査や絨毛検査が必要です。
確定診断がついても、多くのお母さん・お父さんが悩まれますね。
けれど最終的には、96%くらいの方が人工妊娠中絶を選ばれているようです。」
B 「ほとんどが、異常がわかったら中絶を選択しているんですね――」



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