同世代のリアリティー
スポーツ科学研究者 編
医学生 × スポーツ科学研究者
医学部にいると、同世代の他分野の人たちとの交流が持てないと言われています。そこでこのコーナーでは、別の世界で生きる同世代の「リアリティー」を、医学生たちが探ります。今回は、スポーツ科学研究者3名と医学生3名で座談会を行いました。

今回のテーマは「スポーツ科学研究者」
今回は、スポーツ科学研究者3名に集まってもらいました。どうしてこの分野の研究をするようになったのか、どのようなキャリアを歩むのか、今後の展望についてなど、詳しくお話を聴きました。
スポーツ科学ってどんな学問?
武井(以下、武):まず、皆さんの現在の所属と研究内容について聞かせてください。
奥貫(以下、奥):僕は博士課程を半年ほど前に修了し、今は日本学術振興会の特別研究員として研究をしながら、非常勤の講師もしています。
シンスプリントという脛の内側に痛みが出る障害を研究しています。遺体を解剖したり、身体の組織を取って顕微鏡で観察したりと、医学部で行う研究に近いことも行っています。
小沼(以下、小):僕は現在、博士後期課程に在学中で「野球肘」という野球選手に多い怪我について研究しています。トレーニングなどによって、障害を減らすことを目標としています。
吉村(以下、吉):私はアスレティックトレーニングの分野で、障害予防などを専門に研究しています。博士号を取った後、1年間助教を務め、今年から教育学部の教員になりました。小学校の教員を目指す学生に体育科教育について教えながら、自分の研究を続けています。
広川(以下、広):皆さんはどのような経緯で現在のテーマを研究することにしたのですか?
奥:僕はもともと理学療法士として4年ほど病院で働いていたのですが、原因のわからない怪我や障害についてもっと学びたいと感じたことがきっかけで、大学院に進みました。
小:僕はもともと野球をしており、そこから興味をもってスポーツ科学部に進みました。大学でも野球を続けていたのですが、肘を痛めて以前のようにプレーができなくなってしまったのです。その時、同じような理由で野球を引退してしまう人が、自分の周りにもプロ野球選手にも多くいるということに思い至り、野球肘に関心が湧きました。調べていくうちに、野球肘の予防法はまだ確立されていないことがわかり、予防法を作っていけたらと考えて現在の研究に進みました。
吉:私は大学入学時、体育科の教員免許が取れる課程に進んだのですが、教員ではなくトレーナーを目指していました。その訓練のため、大学3年生からはプロバスケットボールチームと関わる治療院に行き、トレーナーの仕事を手伝っていました。しかし、障害予防に利用されているコンディショニング機器のメカニズムと効果についてもっと知りたいと考えるようになり、アスレティックトレーニング学の修士課程に進むことを決めたのです。
大学院入学当初は修士の2年間を過ごしたらトレーナーになろうと考えていました。しかし、研究の一環で学校の現場を訪れるなかで、スポーツ科学におけるトップアスリートの研究は進んでいるのに、それが小学校などの学校現場にはなかなか届いていないと感じるようになったのです。徐々に関心の方向が学校現場にシフトしていき、現在のポストに就きました。
スポーツ観戦するときもつい気になる
福田(以下、福):特定のスポーツを専門にしている研究者は、そのスポーツの経験者が多いのでしょうか?
小:自分が経験してきたスポーツ関連の研究に入る人が多いです。中には未経験者もいますが、スポーツの現場では専門用語や感覚的な表現が多用されるので、未経験者ではコミュニケーションが取りにくい場面が多くなることもあるのです。
吉:私は学部からすぐ大学院に行きましたが、周囲には、学部から現場に出てトレーナーになり、活動をするなかで課題を見つけ、研究したいと大学院に来るケースも多かったです。そのため、スポーツ経験とトレーナーの実務経験どちらもある研究者も多いですね。
武:スポーツ科学の研究をしていると、スポーツを観るときの視点も変わるのでしょうか?
小:僕は、特に選手の技術に着目して観戦している気がします。例えばフィギュアスケートにおいては、効率良く回転するために一瞬で姿勢を細い棒のように固めなければいけないのですが、「どうしてこういう動きができるのだろう?」ということが気になります。また、失敗してしまった際はその原因をじっくり考えてしまいます。
奥:僕は理学療法士だったので、怪我をしそうな動きが気になってしまいます。特に膝の前十字靭帯は理学療法士として治療にとても苦労するので、膝に負担のかかる動きを見ると、ひやひやしてしまいますね。でも、それ以外は他の人と同じように楽しんで観戦しています。
スポーツ科学者の キャリアって?
広:一般的に、スポーツ科学の研究者はどのようなキャリアを歩むのでしょうか?
小:博士後期課程修了後、5年ほどは日本学術振興会などの支援を受けながら研究をしたり、非常勤の授業を受け持つなどして教歴や業績を積み、大学などに就職するという形が一般的だと思います。
福:皆さんの今後の展望を聞かせてください。
小:僕はスポーツ選手が求める研究をしたいと考えているので、球団やスポーツ科学センターなどで働き、現場の問題点をもう一度洗い直してから再び大学などで研究するという形を取りたいと考えています。
奥:僕は現在、日本学術振興会から支援を受けて研究員をしているのですが、その後も自分の研究に注力していきたいと考えているため、研究に専念できるポストを新たに探したいと考えています。
吉:私は今、小学校教員を目指す学生をメインで教えているのですが、初等教育の教員養成カリキュラムには様々な問題があるため、カリキュラムにない内容もできるだけ補って教えていきたいと考えています。例えば、小学校の体育の授業においては事故の発生率が高いにもかかわらず、カリキュラムでは応急処置を学ぶことが必須でないのです。そのため、応急処置の授業を取り入れ、カリキュラムが実態に伴っていないジレンマについても学生に伝えています。
また、中高の体育科教員向けカリキュラムにおいても、思春期を迎える世代を指導するにもかかわらず、無月経など女性アスリート特有の問題を学ぶ機会が少なかったりします。今後はこういったことにもアプローチしていきたいと考えています。
スポーツの価値ってなんだろう?
小:僕も医学生の皆さんに聞いてみたいことがあります。僕は自分自身がスポーツについて研究をしていることもあり、スポーツは価値のあるものだと当たり前のように考えてしまうのですが、その一方で健康な体を怪我などで傷つけてしまうという側面があることも否定できません。医師を目指す皆さんにとって、スポーツとはどのような存在でしょうか?
福:私は、体力づくりや健康維持ができることにスポーツの価値を感じます。よくランニングをするのですが、体力をつけると勉強もより頑張ることができますし、体を動かすのはストレス解消にもなります。
武:私はこれまで、運動系と文化系の両方の部活を経験したことがあるのですが、中高は特に人間関係を構築する時期だと思うので、そういう時期にチームで協力して考えて物事を遂行することもスポーツの良い一面だったように思います。
広:僕は以前、テニスで何度か大会に出場していたのですが、試合に向けての準備は、目標を達成するために計画を立てて努力していくという点で、入試や就職試験などに向けての準備と非常に近いと感じました。どうすれば試合で一番良いパフォーマンスが出るかを考えていた昔の自分がいるからこそ、入試などでも良いパフォーマンスを出せるようになったのかなと思います。
ただ、僕もテニスで何度も怪我をしたので、怪我のリスクはスポーツには付き物なのかな、とも感じます。
奥:理学療法士としてリハビリに携わると、スポーツを継続することで症状が悪化するリスクを考慮してスポーツを中断する判断をする医師と、スポーツを続けたい選手の気持ち、双方に触れる機会があります。どちらにも考えがあるので、医学的な面と選手個々人の意見をすり合わせて医療を提供していくことが、選手の幸せにつながるのかなと感じます。
吉:怪我にも、予防可能なものと避けられないものとがあると思いますが、避けられる可能性があるものに関してはきちんとリスクマネジメントをして、なるべく多くの人が自分のやりたいスポーツを続けていけるような環境を整えたいですね。
小:皆さんがおっしゃる通り、スポーツには体力などの身体的側面、協調性や計画性などの心理的側面でよい影響を与える価値がある一方、怪我を負うという負の一面もあります。怪我の発生には「疲労」が大きく関与するのですが、まだ研究が十分ではありません。負の一面を取り払うためにも、疲労に着目した研究が今後必要になってくると考えています。
武:お話を伺い、皆さんが自分の興味を研究につなげていることがよくわかりました。私も、これから始まる臨床実習や臨床医として働く日々のなかで、興味の持てることを見つけたとき、研究につなげられるようにしたいです。
※取材:2022年10月
※取材対象者の所属は取材時のものです。
※この内容は、今回参加した社会人のお話に基づくものです。



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