医師の働き方を考える

産婦人科医として女性を支援しながら
医師のタスクシェアを進めていく
~産婦人科医 柴田 綾子先生~

今回は、名古屋大学情報文化学部を卒業後、群馬大学医学部に編入し、現在は淀川キリスト教病院産婦人科で医師の働き方に関する様々な取り組みをされている柴田先生に、産婦人科医を目指したきっかけや、これまで関わってこられた取り組み、今後の抱負について伺いました。

女性支援のために医師の道へ

インタビュアーの貞永先生。

貞永(以下、貞):柴田先生は、名古屋大学情報文化学部を卒業されて、その後群馬大学医学部に編入されたとお聞きしています。どのような経緯がおありだったのでしょうか?

柴田(以下、柴):実は高校3年生の時に、医学部を受験した経験があります。学校の成績が良かったことから周囲が勧めるままに漠然と受けたのですが失敗し、情報文化学部へ入りました。

大学入学後、バックパッカーをしていたのですが、旅費の安い発展途上国を中心に巡っているときに、ストリートチルドレンや路上で物乞いをしている女性などを何度も目にし、女性や子どもは社会的弱者になりやすいという現実に直面して衝撃を受けました。当時から日本の社会でもそういう傾向はあったと思いますが、日本にいるときはそこまで視野が広がらなかったのです。これらの経験と、自分自身が女性ということもあって、女性を支援するような職業に就きたいと考えるようになり、そこで産婦人科医が思い浮かびました。今度は本当に医師になりたいと強く思い、勉強し直して医学部に入りました。

当時は回り道をしたと思っていましたが、今は情報文化学部での勉強は無駄ではなかったと思っています。医療とプログラミングやデータなどの関連が密接になってきた昨今において、当時の勉強が非常に役立つことを実感しているこの頃です。

:その後も初志貫徹し、産婦人科に入局されましたが、最終的な決め手は何でしたか?

:当初は発展途上国の母子保健をイメージして産婦人科医を考えていたのですが、最終的に産婦人科に進んだのは、学生時代にお産を見てその素晴らしさに感動したからです。医学が発展した今、医学の中でコントロールできることは増えつつありますが、お産は陣痛が来るタイミングすら予測不能で、お産の進み具合も一人ひとり異なり神秘的です。自然と医学の境界にある産婦人科に強い魅力を感じました。

また、外科系に興味を持っていたことも決め手の一つでした。リスクの高いお産で母子の命を救うために行う緊急帝王切開手術は、他の手術と比べて非常にダイナミックだと感じました。

専門研修に入ってからも、お産に立ち会うということは喜びを分かち合えることだと何度も実感しました。体力的にはつらいこともありますが、やりがいの大きい仕事です。

産婦人科医の働き方改善

:専門研修中から取り組んでいる、淀川キリスト教病院での活動についてお聞かせください。

:昔に比べれば、産婦人科の労働環境はかなり良くなってはいますが、それでも長時間労働が多いことから、働き方の改善に取り組んでいます。そのきっかけは、仲良しだった優秀な同期が臨床研修のときに燃え尽き症候群になってしまったことです。医師の働き方はこれで良いのかと疑問を抱きました。

専門研修の時に、当直明けにそのまま夕方まで勤務するような働き方を繰り返すうちに、このままでは体を壊してしまうと不安を覚えるようになりました。また、女性医師の多い職場なので、妊娠中の医師を当直免除にすると周囲の負担が大きくなるという問題もありました。

そこで、皆の負担を少しずつ減らせるよう自分たちの代で意見を出し合い、部長や看護部に相談しました。働き方の改善には、トップダウンの力が非常に大事ですが、幸い、部長や上の人たちも同じ問題意識を持っていたため、共に試行錯誤を重ねていきました。

:具体的にどのように改善されたのですか?

:まず、主治医制を病棟医によるチーム制に変えました。主治医制では、主治医が当直明けに帰ってしまうと、その後はその患者さんに誰も対応できなくなるという事態が起こります。そこでチーム制にして、病棟当番を作りました。当直をすることが難しい育児中の医師が日中の病棟を守ってくれるため、当直明けの医師は安心して後を託し、早く帰ることができるようになったのです。

それに伴い、チャットでリアルタイムの情報を共有できるアプリも導入しました。引き継ぎミスを防ぐことができて重宝しています。情報共有の場を作ったことで、「今日は何時までに帰りたい」といった希望を気軽に言い合えるようにもなりました。

試行錯誤を続けるなかで、妊娠・育児中の女性の負担を減らすだけでなく、全員がしっかり休みを取れるような仕組みづくりこそが働き方の改善には大切なのだと実感しました。こういった仕組みづくりによって、男性も家事や育児を自然にできるようになってきたと感じます。

:働き方の改善によって、どのような影響や効果がありましたか?

:当直明けに夕方まで働いていたときと、当直明けに午後から帰ろうとしたときの、前後の時間外労働を実際に調べました。すると、後者の方が一人ひとりの仕事の効率が上がり、時間外労働が減少する可能性が示唆されました。この研究結果を発表する機会も何度か頂きました。

産婦人科医から情報発信を

:今後取り組んでいきたいことはありますか?

:今は働く女性が増えて、仕事と育児、仕事と不妊治療などの両立で困っている方が非常に多いと思います。当事者では言いづらいことを産婦人科医が代弁して、働く妊婦さんへの支援や、不妊治療中の人にはどういった配慮が必要かなどを、様々な人々に広めていきたいです。

また、世界的に見ても低用量ピルの普及率が低いなど、日本はリプロダクティブ・ヘルス/ライツ*が遅れていると感じます。日本の女性にとって産婦人科は気軽に受診しにくく、重症になるまで来ない患者さんも多いのです。そこで、女性の健康は産婦人科のみならず、皆が一緒に見ていくものだということを伝えていければと思っています。これまで、薬剤師さんと低用量ピルや緊急避妊ピルの使い方の勉強をしたり、プライマリ・ケアの先生と一緒に学んだりと、様々な勉強会を開きました。今後は、性別にかかわらず全ての人のリプロダクティブ・ヘルス/ライツについて勉強をしていきたいと考えています。

:最後に、後輩の医師やこれから医師を目指す学生さんへメッセージをお願いします。

:これから、医師のあり方はますます変わってくると思います。一昔前までは、医師は患者さんよりも立場が上で、患者さんは何でも言うことを聞いてくれるという風潮がありました。しかし今後は、よりフラットな立場で、対話による診療が不可欠となってきます。医師と患者さんとの距離も、より近くなってきています。また、医師もプライベートや休みを持ち、一人の人間として過ごす時間を増やせるよう、若い人たちには、新しい才能で未来の日本の医療を変革してほしいと期待しています。

そして、女性は、将来の結婚や妊娠を想定して進路を選択してしまいがちです。しかし、今は長く働く時代で、一時的に第一線から離れたとしても、現場に戻ってくる医師は非常に多いです。周囲もサポートを惜しみませんから、自分がやりたいことを優先して、キャリアを選んでほしいと思います。

*リプロダクティブ・ヘルス/ライツ…SRHR(Sexual and Reproductive Health and Rights)。「性と生殖に関する健康と権利」と訳される。人々が性や生殖について身体的・精神的・社会的に完全に良好な状態であることと、自分の性や生殖のあり方について自分自身で決断することができる権利。

語り手
柴田 綾子先生

淀川キリスト教病院 産婦人科医長

聞き手
貞永 明美先生

大分県医師会常任理事

※取材:2022年11月
※取材対象者の所属は取材時のものです。

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