1年生から症例に学ぶ-(前編)

医学生の皆さんが今まさに受けている「医学教育」は、近年大きな変化の渦の中にあります。2004年の臨床研修必修化はもちろんですが、医学研究の成果や新しい技術の開発に伴って学習内容は増加し続け、ここ10年だけでも新しい取り組みがどんどん進んできています。そんな医学教育の今後の展望について、様々な実践・取り組みの最前線で活躍する先生を取り上げ、シリーズで紹介していきます。

臨床現場で活躍できる医師を育てる

長谷川仁志先生

1年生から症例を使った問題解決型の授業を行う

インタビュー冒頭から、長谷川先生は熱く語り出した。

「循環器の臨床医だった私が、大学で医学教育に関わることになった時、まずやろうと思ったのは『問題を解決する力』を高めることでした。今は昔と比べて各科で教える内容が数倍になりましたから、その中でどれが大事なのかを判断できず、学生がとにかく知識を詰め込んでいる状態なんです。だから医師免許を取って現場に出てきた時、知識は多いけれど、患者さんの問題をどう解決していくかはトレーニングしてきていない人が多い。『これじゃいけない!』というのが出発点でした。」

しかし、ただでさえ学習内容が増加している医学部では、どの学年のカリキュラムにも余裕はなかった。そこで長谷川先生は、医学部に入ったばかりの1年生に「考え方の基本」を教える授業を始めた。基礎系の学習をする前から、臨床でよくある症例を使った、問題解決型の演習授業を取り入れたのだ。

「医学部に入ったばかりの1年生に、頭痛や胸痛といった、よくある患者の訴えを題材に*PBLを行うんです。胸痛といっても、狭心症や心筋梗塞、肺疾患から胃潰瘍、逆流性食道炎、膵炎など、いろいろな疾患がありますから、それを全部やるんです。すると例えば、痛む場所が違う、痛みの種類が違うという場面が出てくるので、内臓痛の場所や感じ方の違いは神経の走行に関連していることも説明して、来年の解剖実習の時にはそういう問題意識を持って神経をみるように言うんです。」

医師になる夢を抱いて入ってきた1年生の多くは、症例に接することで学習意欲が高まり、解剖や生理を学ぶ意義を見出すこともできる。実際、通年で開講されている1年生向けの実習は大人気で、欠席する学生も非常に少なく、導入教育として機能していることがうかがえる。

自分で決めて解決する「問題解決」の力を高める

とはいえ、今の医学教育はまだまだ疾患を先に学ぶことが多い。けれど、実際に臨床に出ると、患者さんは疾患(病名)がわからない状態でやってくる。だからこそ、症状や本人の訴えをもとに何をどうやって調べ、どういうプロセスで問題を解決していくかが大事になる。

「結局、臨床現場で求められる医師は、そうやって自分で問題を定めて解決していく能力が高い人なのです。それができないと、結局患者さんやスタッフを振り回してしまい、信頼されなくなってしまう。

知識や経験はもちろん、時には先輩に聞く、インターネットで調べるということも含めて、自分でどんな検査をするか、何を調べるかを決めて実行する、そういう決断を医学生時代からトレーニングすることが大事なんです。その手段として、講義形式よりも症例を用いた*PBLや**TBLが適切なんですよ。」

*PBL(Problem-based Learning)…問題解決型学習
**TBL(Team-based Learning)…チーム基盤型学習


1年生から症例に学ぶ-(後編)

臨床現場で活躍できる医師を育てる

長谷川仁志先生

基本的な診療能力を育むのも大学教育の責任

そして現行の制度では、大学を出て国家試験に受かった時点で医師免許を取ることになる。いくら臨床研修が必修だからといって、大学が医師としての診療能力を十分に身につけさせずに送り出し、「診療に必要な能力は現場で身につけて」では無責任だ、と長谷川先生は言う。

「臨床実習があっても、各科を回る2週間の中で、必ずしもその科の総合的なことを教わるとは限りません。2週間で、ある特定の疾患についてとても詳しくなっても、頭痛やめまい、腹痛といった“よくある訴え”に対応する診療能力は身につかないんです。だから、各科が責任を持って、それぞれの分野の“よくある疾患”や“よくある症状”を学ぶ機会を作り、その後どんな分野に進んでも役立つ“基本的な診療能力”を育むよう意識を変えて行かないといけないんです。それが医師を育てる大学の責任ではないでしょうか。」

秋田大学でも、実践的な臨床技術を学ぶ機会を増やすためシミュレーション教育センターを設けたり、1年生からOSCEを積極的に導入するなどして、大学としての教育責任を果たそうとしている。最近は、各地でこのようなトレーニング施設の整備が進み、大学が中心となって基礎的な診療能力を身につけさせるという取り組みが浸透し始めている。

大学と地域の医療機関がタッグを組んで医師を育てる

長谷川先生は今後に向けて、大学だけでなく様々な役割を持つ地域の各種医療機関と連携した医学教育体制の構築にも取り組んでいる。

「日本では、専門分野で臨床経験を積んだ医師が、開業や連携機関への勤務を契機に地域医療の担い手となることが多い、という独特の事情がありました。基本的な診療能力は長年の臨床経験で培われるので、地域医療の担い手が専門性も持っているという状態であり、これまではうまく機能してきたと言えます。

しかし、各分野で学習しなければならない情報・知識が膨大になり、求められる医療のレベルも上がっている現在、学生や研修医の基本的な診療能力が『長年の臨床経験で培われる』のを待つ余裕はありません。研修医になれば、地域医療の担い手としての実践力が試されます。

ですから臨床実習も、医師として適切に対応できなければならない、よくある病態や症状、検査所見に触れる機会を増やし、問題解決のプロセスを体験する場にしていかなければなりません。そこで、役割も患者層も異なる大学と地域の各種医療機関が連携し、それぞれの特徴を生かして、基本的な診療能力を高める機会を作る必要があるのです。そのためには、医学教育について地域の医療機関とビジョンや認識を共有し、タッグを組んで学生を育てていかなければならない。今度のシンポジウム(下枠内参照)は、そういう目的で行っているんですよ。」

 

シンポジウム

様々な立場の人たちがビジョンを共有

長谷川先生が教授を務める総合地域医療推進学講座の主催により、2012年11月17日に、「日本の国情・2次医療圏の実情を考慮して、理想的医師・医療者育成教育の展開を考える2012」というシンポジウムが開かれた。県内の主要な病院はもちろん、県の医師会長・薬剤師会長など、県内の医療に関わる人たちが集まって医学教育についての相互理解を深めた。このような機会を作り、医学教育に関わる様々な立場の人たちがビジョンを共有することで、「地域で医師を育てる」体制を作ることにも取り組んでいる。

長谷川 仁志先生
秋田大学 総合地域医療推進学講座 教授
1年生からの症例ベースの学習など、実践能力を高める教育に取り組んでいらっしゃいます。

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