
目の前の人に向き合い、
したいことを手助けする(前編)
三鷹で認知症・軽度認知障害専門のクリニックを開いている木之下徹先生に、
お話を伺いました。
診療所で働いていて、物忘れを主訴に認知症の疑いのある人がやってきたら、あなたはどのように接するでしょうか。医学部の高学年の人なら、認知症にはアルツハイマー型や脳血管性、レビー小体病型、前頭側頭型などがあることはご存知でしょう。検査をして診断を下し、薬を処方することを思い浮かべるかもしれません。しかし、認知症に根治療法はなく、薬を出しても、認知機能は徐々に低下してしまいます。その人はそれで満足できるでしょうか?
今回は、認知症の人のために医師には何ができるのか、認知症・軽度認知障害専門の「のぞみメモリークリニック」院長の木之下徹先生にお話を伺いました。

――認知症の薬は認知機能の低下を抑えますが、それを治したり、止めたりすることはできません。そんななか、医師には何ができるのでしょうか。
木之下(以下、木):まずは、目の前の人はどんな心持ちでそこにいるのか、考えてほしいと思います。
今までは認知症の人は、記憶障害などの認知機能の低下に気付いた家族などに連れられて医療機関を受診するのが一般的でした。しかし、認知症についての啓発が進んだことや、高齢化で認知症の人の人口が増えたこともあり、本人が自ら医療機関にやってくることも増えています。
そういう人は、日常生活で何かできなくなったこと、うまくいかなくなったことを抱えて、不安な気持ちでやってきます。今まで当たり前にできていたことがいつのまにかできなくなってしまったら、辛い思いをするのが普通ですよね。例えばみなさんも、学校に行こうといつも通り家を出たのに道に迷ってしまったら、驚き、混乱し、あるいは途方に暮れるのではないでしょうか。
もちろん、認知症になったからといって、何もできなくなるわけではありません。自分ひとりでは学校へ行けなくなっても、誰かが道案内をしてくれればたどり着けるでしょう。認知症の人に対しても、できなくなってしまったことをどうしたら補えるのか誰かが考え、手助けすれば良いのです。またそのときには、認知症の人本人が、何がしたいと思っているのかに注目することが大切です。すなわち医師が目指すべきは、できなくなったことがある状態で、本人がしたいことを実現するにはどうしたらいいか考え、働きかけることだと思います。

――認知症の人本人のしたいことに注目することが重要なんですね。
木:そうですね。ただし、それは口で言うほど簡単なことではありません。というのも、数多くの認知症の人を診てきて、「認知症の人は、したいことができなくなるというより、したいことをしたいと言いづらくなるのかもしれない」と、私は感じているんです。
私が今まで出会った人の中にも、自分が認知症だと聞かされた途端、絶望して、何事に対してもやる気をなくしてしまった人が多くいました。認知症なんて周りに言えないし、恥をかくから友達に会うのもやめよう…と、引きこもってしまったりするんです。認知症を抱えて生きていくということに希望が持てず、自分から行動の範囲を狭めてしまい、そうこうするうちにますます認知機能が低下してしまう。そのような状態では、とても「私はこういうことがしたい」と宣言することなどできませんよね。
「私はこんなことがしたい」と胸を張って言うためには、「認知症があっても、自分らしく生きていくことはできるんだ」という確信がなければならないと思います。それは、「生きる希望」と言い換えてもいいかもしれません。認知症になると、今までよりものを忘れやすくなって、日常生活の中で失敗してしまうこともあります。そんな自分を認めたくなくて、落ち込んでしまう気持ちもわかります。けれど、それでいいじゃないか、と私は言いたい。うまくいかない自分を肯定できないというのは、本当につらいものです。認知症を持ちながら、自分の人生を肯定し、希望を持てるということが、とても大切だと思います。
残念ながら今の日本では、「認知症があっても自分らしく生きていける」という認識が、あまり広まっているとは言えません。世の中を変えるのは難しいですが、私は、前例を示していくしかないと思っています。つまり、認知症の人たちに、「自分はこんなにいきいきと生活している。これでいいんだ」と発信していってほしいんです。認知症の人が希望を持てる社会は、本人たちの力によってしか実現されえないと思います。
目の前の人に向き合い、
したいことを手助けする(後編)

――認知症の人を取り巻く環境を変えるためには本人の力が不可欠であり、認知症の人たちにはそれだけの力があるということですね。改めて、そんな認知症の人たちのしたいことを実現するために、医師はどのように関わるべきでしょうか。
木:まずは、目の前にいるその人自身に、しっかり向き合ってほしいと思います。医学生のみなさんは、認知症について、記憶障害や実行機能障害、また徘徊や暴言・暴力といったものを「症状」として学んでいるでしょう。確かに、認知症の人を理解するためには医学的な知識も必要ですが、知識だけに頼っていると、目の前の人を本当に理解することが難しくなるのも事実です。
例えば、介護施設で職員の介助を振り払って暴れる人がいたとします。そんなとき、「この人は認知症だから暴力を振るうんだ」と考えてしまうと、暴力という「症状」をなくすために、薬を使って落ち着かせようという発想になるでしょう。しかし、医師になるみなさんには、「この人はどうして暴れるんだろう?」と疑問を持ってほしいんです。知らない施設に連れて来られて身の危険を感じているのかもしれないし、知らない人に体を触られて、腹を立てているのかもしれない。「症状」に見えたとしても、それは本人にとっては当たり前の行動で、何かしらの原因によって生じた結果なのです。「症状」の向こう側には何があるのか、その人は何を見て、何を思っているのか、真剣に考えてほしいと思います。
目の前の人を医師の持つ知識に当てはめて分類するだけでは、その人の生活を良くすることはできません。知識は知識として持ったうえで、目の前の人に向き合い、したいことを実現する手助けができる医師になってほしいと思います。

木之下 徹先生
のぞみメモリークリニック 院長
東京大学医学部保健学科を卒業後、東京大学医学系研究科に進学。1996年、山梨医科大学卒業。2001年、品川区でこだまクリニックを開設し、主に認知症に関する在宅医療を行う。2014年、三鷹市に認知症・軽度認知障害専門の診療所、のぞみメモリークリニックを開設。



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