
ケース・スタディ 滋賀県東近江市永源寺地区②
認知症の人の暮らしの実際(前編)
ここでは、永源寺地区で暮らす認知機能の低下したお年寄りの実際の生活を、花戸先生の訪問診療の様子を通して見ていきます。
読書が好きな89歳のおばあさん

Aさんは、永源寺地区の中心部から山間部へ車で30分ほど行った山深い地域に住む89歳の女性。昼間はデイサービスに通いながら、知的障害のある息子さんと二人で暮らしている。花戸先生の診療記録にも「認知症疑い」と記載されており、この日も先生の帰り際に、「最近なんでも忘れてしまう」「財布とかハンコとか、すぐにどこに行ったかわからなくなるんで、必ず同じ所に置くようにしてるんですわ」と笑いながらこぼしていた。そんなAさんの趣味は読書。家の玄関前には図書館の貸出用の袋があり、昔から読書が好きだったのだと花戸先生が教えてくれた。

Aさんは1年半前に心筋梗塞で入院したが、退院後は自宅に戻ってそれまで通りに生活していた。しかし1年前、近所の人から花戸先生に、「Aさんがごはんを食べていないようだ」と連絡が入る。心臓にまた問題が起きたかと検査をしたが、異常はなかった。どういうことなのかとよく話を聞いてみると、Aさんはごはんを食べられなくなったわけではないことがわかった。買い物を任せている息子さんが、ビールや酒のつまみしか買ってこず、家にAさんが食べられるようなものがなかったのだ。
それを機に、花戸先生はAさんの訪問診療を始めた。近所の人は、時々ならAさんの分もごはんを作って、家まで運んでくれると言う。それで足りない分は、介護保険の申請をして、ヘルパーさんを呼んで料理をしてもらうことになった。デイサービスにも通い始め、薬がちゃんと飲めるように薬剤師の大石さんの訪問薬剤管理指導も行うことになった。

Aさんは今でも、デイサービスの準備を自分でしている。「この間は、靴下を履いていてどうも片方が見つからん。どこに置いたかなあと探していたら、片足に両方とも履いとって、あーボケてもうたなーって」と笑う。少しできないこともあるが、好きな読書を楽しみながら、Aさんは自宅での生活を続けている。
(写真右下)ちゃぶ台には図書館で借りた文庫本と老眼鏡が置かれていた。

ケース・スタディ 滋賀県東近江市永源寺地区②
認知症の人の暮らしの実際(後編)
花戸先生インタビュー
住み慣れた家で暮らせるように
地域に住む人たちに対して私たちがすべきは、どうしたらここでの生活を続けることができるのか考えることだと思います。右の事例でも、例えば障害を抱えた息子さんに無理に「なんとかしろ」と言うのではなく、生活を続けるために何が必要なのか、みんなで話し合い、サポートしています。
Aさんは、デイサービスに行く準備が自分ではできなくなったり、出かけるのが億劫なのか、時にはデイサービスを断ったり、そういうことも増えてきてはいます。もちろんそこで、認知症の薬を出すという選択肢もあるでしょう。けれど、ご本人が本当に困っているのは何なのか、生活の面にしっかり目を向ける方が先だと思います。「出かける準備が大変なのかな」「もう少しヘルパーさんのサポートが必要なのかな」「洗濯が大変になってきているのかな」といった評価を、ケアマネさんも含めてみんなで分析していけば、解決できることはたくさんあります。
認知症に対して医師ができることは、決して多くはありません。一番大事なのは、「認知症になっても、この地域で、住み慣れた家でずっと暮らせるように支えるよ」と保証することではないかと思っています。医療的な問題があれば僕が往診に行けるし、薬剤師さんも足を運んでくれるし、何か困ったことがあればチームで支える。そうやって、地域の方が安心して生活していくことに貢献できればいいですね。
役割や居場所をなくさない
認知症になって困ることは人それぞれですが、自分の役割や居場所がなくなってしまうのではないか、今まで送ってきた生活を、認知症があることによって制限されてしまうのではないかという不安は、多くの人が抱えていると感じます。
認知症の人に「畑に行っていいですか」と聞かれたら、私は「どうぞ行ってきてください」と答え、必要に応じてお薬を出すなどの形で、その人ができる限り今まで通りの生活を送れるように働きかけます。けれど、その人が役割や居場所をもって生きていくのを支えることは、医師だけの力ではとてもできません。薬剤師さんや訪問看護師さん、ヘルパーさんや行政の方、もちろんご家族など、様々な人が認知症の人を支えているんです。だから、困っている人がいたらみんなで力を合わせて支えられるように、医師は地域に出て行って、自分以外の人たちは何ができるのか、何をしているのかを普段から知る必要があると感じています。






- No.44 2023.01
- No.43 2022.10
- No.42 2022.07
- No.41 2022.04
- No.40 2022.01
- No.39 2021.10
- No.38 2021.07
- No.37 2021.04
- No.36 2021.01
- No.35 2020.10
- No.34 2020.07
- No.33 2020.04
- No.32 2020.01
- No.31 2019.10
- No.30 2019.07
- No.29 2019.04
- No.28 2019.01
- No.27 2018.10
- No.26 2018.07
- No.25 2018.04
- No.24 2018.01
- No.23 2017.10
- No.22 2017.07
- No.21 2017.04
- No.20 2017.01
- No.19 2016.10
- No.18 2016.07
- No.17 2016.04
- No.16 2016.01
- No.15 2015.10
- No.14 2015.07
- No.13 2015.04
- No.12 2015.01
- No.11 2014.10
- No.10 2014.07
- No.9 2014.04
- No.8 2014.01
- No.7 2013.10
- No.6 2013.07
- No.5 2013.04
- No.4 2013.01
- No.3 2012.10
- No.2 2012.07
- No.1 2012.04

- 医師への軌跡:草場 鉄周先生
- Information:Autumn, 2015
- 特集:認知症があたりまえの時代
- 特集:目の前の人に向き合い、したいことを手助けする
- 特集:ケース・スタディ 滋賀県東近江市永源寺地区 ①認知症の人と関わるチームの姿
- 特集:ケース・スタディ 滋賀県東近江市永源寺地区 ②認知症の人の暮らしの実際
- 特集:ケース・スタディ 大分県由布市 認知症で困っている人に関わる
- 特集:人と人との関係が認知症の人を支える
- 特集:認知症と共生する社会へ 経済界・企業トップ×日本医師会役員対談
- 同世代のリアリティー:大学生のレンアイ事情 編
- チーム医療のパートナー:患者支援団体
- チーム医療のパートナー:患者家族
- 10年目のカルテ:放射線科 奥田 花江医師
- 10年目のカルテ:放射線科 永井 愛子医師
- 日本医師会の取り組み:医療事故調査制度の創設
- 日本医師会の取り組み:医師主導による医療機器開発への支援
- 医師の働き方を考える:離れた地で、ともに医師として働き続ける
- 医学教育の展望:「経験から学ぶ」環境で、学生を育てる
- Cytokine 集まれ、医学生!
- 大学紹介:千葉大学
- 大学紹介:東京慈恵会医科大学
- 大学紹介:島根大学
- 大学紹介:藤田保健衛生大学
- 日本医科学生総合体育大会:東医体
- 日本医科学生総合体育大会:西医体
- 医学生の交流ひろば:1
- 医学生の交流ひろば:2
- 医学生の交流ひろば:3
- FACE to FACE:岡田 直己×大沢 樹輝