
患者に関する情報(前編)
目の前の患者さんがどんな人なのか情報を集めないと、意思決定はできません。
では、どんな情報を、どうやって集めるのが良いのでしょうか。

次に、「患者に関する情報」について考えてみます。患者さんについてどのような情報を得ることができれば、最良の意思決定を行うことができるのでしょうか。
主観的な情報と客観的な情報
「患者に関する情報」には、大きく分けて2つの種類があります。すなわち、「主観的な情報」と「客観的な情報」です。
「主観的な情報」とは、患者さん本人やその家族が発した言葉など、本人および家族が感じていること・考えていることを指します。医療における意思決定は、医師ひとりではなく、患者さんと協働して行うべきものですから、「主観的な情報」を意思決定に取り入れることは非常に重要です。
「客観的な情報」とは、患者さんの現在の状態や病歴・治療歴、生活環境など、観察や測定によって得られる情報のことです。検査によって得られる数値データはもちろん、患者さんは何を好んで食べるか、同居している家族はいるか、どんな仕事をしているか、経済的な困難はあるか…などの情報も、この「客観的な情報」に含まれます。医師は、これらの情報をもとにして、どのような選択肢を選ぶか考え、患者さんと共に意思決定することになります。可能な限り最良の意思決定をするためには、患者さんについての情報をできるだけたくさん持っていた方が良いと言えるでしょう。
他職種*の持つ情報を活用しよう
しかし、医師ひとりが集められる情報には限界があります。医師が患者さんに接することができるのは、診察中、手術や処置の間といった短い時間だけであり、患者さんにとっては、医師と接している以外の時間の方がずっと長いのです。
それでは、医師と接していないときの患者さんについて知っているのは、どんな人たちでしょうか。例えば、患者さんの入院中の様子を総合的に見ているのは看護師です。薬剤師は患者さんの服用している薬のことを、理学療法士や作業療法士はリハビリ中の様子を、臨床心理士は心の動きを、それぞれよく知っています。病院の外でも、かかりつけ医や訪問看護師、場合によってはケアマネジャーや介護職が、普段の患者さんに接していると考えられます。
患者さんは大抵の場合、医師以外にも様々な職種と関わっています。そして、それぞれの職種が、患者さんについて、それぞれ異なる側面の情報を得ています。ですから、多職種が連携して情報を持ち寄れば、お互いが、患者さんについてより多くのことを知ることができるでしょう。
他職種の仕事を理解しよう
とはいえ、情報共有や連携は、決して簡単なことではありません。医療に関わる多職種はそれぞれ異なった専門性を持っています。みなさんのなかには、自分以外の医療職がどんな仕事をしているのか、具体的にはよく知らない、という人もいると思います。相手がどんな仕事をしているのかがわからなければ、そのためにどんな情報が必要なのかもわからず、どんな情報を共有すればいいのか判断できないのは当然のことです(次頁コラム参照)。逆に言えば、患者さんに関わる多職種同士が、お互いがどんな仕事をしているのか理解し合うことができれば、患者さんにより良い医療を提供することにつながるのです。
*このページでは、医師以外の職種に言及する場合は「他職種」、医師を含む様々な職種を指す場合は「多職種」と、表現を使い分けています。

患者に関する情報(後編)
column 「情報共有」の難しさ
「他職種と情報共有をしましょう」というのは、みなさんもどこかで耳にしたことがあるフレーズかもしれません。ところで、みなさんは「情報共有」というのがいったいどんな営みなのか、考えてみたことはあるでしょうか。ここでは、「情報共有」のために必要なのはどんなことなのか、少し掘り下げて考えてみたいと思います。
例えば、医学生のみなさんが「この患者さんの血圧は180です。どうしたらいいでしょう」と言われたとします。恐らく、「かなりの高血圧で、このままでは脳卒中や心臓病のリスクがある。降圧剤を処方するのがいいだろう」などと、何らかの手段を思いつくことができるのではないでしょうか。
しかし、医学的な知識のない人は、「この患者さんの血圧は180です」という文章を、「情報」として受け取ることができません。というのも、例えば小学生の子供に「この患者さんの血圧は180です」と伝えたとしても、それが何を意味するのかわからず、「高血圧」という情報として捉えることができないでしょう。つまり、あるデータが「情報」になり得るかどうかは、その前提となる知識があるかどうかに左右されるのです。
極端な例のようですが、患者さんに関わる多職種が連携しようとしたとき、このような問題は常にみなさんについて回ります。「情報共有」に際しては、相手にとってどんなデータが「情報」になるのか、常に考慮に入れる必要があるのです。情報を共有しようとしている相手がどんな知識をもとにどんな意思決定を行っているのかを知らなければ、その人にとって「情報」になるはずのデータを、みなさんも見落としてしまうかもしれません。



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