地域医療ルポ
地域の人が安心して暮らせるように、
専門性を発揮する
徳島県那賀郡那賀町 那賀町立上那賀病院 鬼頭 秀樹先生
徳島県の南部に位置する。標高1,000m以上の山々に囲まれ、9割以上が森林の中山間地域。古くは「長郡」。東西に長く、那賀川沿いの細長い土地の意とする説がある。上那賀病院は、町で唯一の有床医療機関として休日や夜間の診療を一手に引き受けている。

徳島市から車で山あいを分け入ること1時間半、渓谷の温泉宿のような病院がある。この上那賀病院の鬼頭秀樹院長は、9年前に大阪の市立病院の外科部長の職を辞し、縁もゆかりもないこの地にやってきた。
外科医として脂がのっていた時期に地域医療に身を投じた背景には、定年間際に「無医村で働きたい」と青森の小さな町に赴任していった先輩外科医の存在があった。在院日数の短縮や手術室の回転を上げることに追われる毎日の中で「一人ひとりの患者さんを丁寧に診たい」という気持ちが高まっていた。そんな折に偶然、徳島県の地域医療に関する医師募集を見かけ、問い合わせたのだ。
新たな分野への挑戦はやりがいのあるものだった。日々外来に訪れる高血圧や糖尿病、そして足腰の問題などを抱えた患者に対応するため、内科や整形外科の勉強に明け暮れた。
一方で、手術が必要な状況になっても、上那賀病院には手術ができる体制がなかった。
「手術室はあっても、対応できるスタッフも設備も整っていませんでした。前の病院ならすぐにできる簡単な手術でも、阿南や徳島に1時間以上かけて送らないといけないことがもどかしかった。患者さんにもそのご家族にも負担をかけてしまうのが悔しかったです。」
そんなとき、自治医大の義務年限で回ってきた外科志望の若い医師が「一緒にやりましょう」と言ってくれた。
「手術ができる体制を作るには、一から準備が必要でした。看護師さんにやり方を説明し、必要な器具を揃え、不慣れなスタッフのために説明資料を手術室の壁に貼りました。前の病院では麻酔科がやってくれたようなことも、全部自分たちでやらなければなりません。スタッフみんなの協力が不可欠でした。」
今は、年間約50~70件の手術を行うようになった。そして、その努力は患者さんからの信頼にもつながり、「ここで先生が手術してくれないなら手術しない」という患者も少なくない。
「患者さんが僕を信頼して任せてくれるのは励みになります。それに、患者さんもご家族も、できることなら地元の病院で治療を受けたいんだ、という当たり前のことに気がつきました。都市部から離れたこんな山の中でも地域の人たちが安心して暮らせるように、ある程度の専門的な治療ができる病院にしていきたい。そのためには総合診療医だけでなく、専門的な治療ができる医師が必要です。大学や専門医の協力を得ながら、できるだけこの地域で完結できる医療を提供したいですね。」



(写真中央)病院の外観。
(写真右)待合室の窓から見える風景。



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