医学生 × 表現者 同世代のリアリティー
好きなことを追いかける 編-(前編)
今回のテーマは「好きなことを追いかける」
医師とは180°違う世界に生きているように思える表現者たち。好きなことを仕事にするためにはどんな葛藤があり、どんな努力をしているのでしょうか。
目の前のお客さんの反応に合わせる
医D:「表現者」と聞くと、華やかな世界での仕事だというイメージがありますが、みなさんはどんな仕事をされているんですか?
社A:僕は劇団に所属して役者をやっています。コメディを得意としていて、舞台に出たり、テレビドラマに出ることもあります。
医E:役者さんって、普段どんな生活をしてるんですか?
社A:舞台稽古を行うかたわら、生活のためにバイトもしています。稽古は深夜に及ぶことも多いため、生活リズムは不規則です。また稽古といっても台本を受け取るのが公演の前日ということも多いので、一人で役作りをする時間が長いです。
医F:えっ!? 台本なしでどう役作りをするんですか?
社A:フワッとした役のイメージは事前に伝えられるので、昔の台本を使ったりしながら、そのイメージをどれだけ広げて自分のものにできるかが勝負です。
医D:医師も、手術台の上では想定外のことがたくさん起こりますが、手術中に勉強するわけにはいきません。本番までにどれだけ努力できるかで成否が決まる点は同じですね。
社A:演劇は生ものですから、公演期間にお客さんの反応を見ながらどう演じ方を変えるかが腕の見せどころです。本番中にお客さんの反応を見ながら、どうやったら笑いを取れるのかを常に考えています。
社B:僕はギタリストです。イベントで演奏することも多いですし、講師としてギターレッスンを行うこともあります。僕の仕事でも、お客さんの反応を見ることは大事ですね。イベントの時は、お客さんの反応に合わせてアドリブを入れていきます。自分とお客さんの感情が演奏に乗っかった瞬間に、カタルシスが生まれるんです。レッスンをする時も、自分勝手に教えるのではなく、生徒さんの求めている音楽が何なのかを探ることが大切ですね。
自分と相手のこだわりをすり合わせる
社C:僕はフリーのカメラマンです。ファッション誌やCDジャケットの撮影のほか、実はこのドクタラーゼの撮影を行うこともあります。
医E:役者とギタリストの方はステージ上でお客さんの反応を見ることが大事だと言われましたが、カメラマンも撮る相手の反応を見るんですか?
社C:人物撮影の時には撮る相手はもちろん、編集やメイクなど現場の人みんなの反応を見ますね。ただ「ブツ撮り」と呼ばれる静物撮影の場合、向き合う対象はモノなんです。例えば缶ビールの広告写真を撮る時には、一番格好のいい雫が落ちるまで不眠不休で2日間待ち続けたりもします。
医F:マジですか…。「一番格好のいい雫」がどれかは、カメラマンが決めるのですか?
社C:僕たちは写真のプロですから、もちろん「これが格好いい!」と意見します。けれど現場には商品のプロであるクライアントもいて、「うちの商品はここが重要なんだ!」という想いがあります。それらをすり合わせながら、どれが「一番格好のいい雫」なのかという答えを探すのが、僕たちに求められている役割ですね。みんなの想いをシンクロさせて一つの作品を作っていくプロセスって、とても楽しいんですよ。
医学生×表現者 同世代のリアリティー
好きなことを追いかける 編-(後編)
人とズレていることを強みにする
医D:多くの医師は臨床研修を終えた後にそれぞれの専門分野を見つけていきます。みなさんは、自身の「強み」は何だと考えていらっしゃいますか?
社A:コメディの世界にいるので、強みはもちろん「面白いこと」です。昔から、自分は普通のことを言っているつもりなのに、周囲の人に「面白い」と言われて、ズレを感じる瞬間が多くありました。中学生の頃に、どうやら「普通」の基準が自分と他の人で違うらしいと気付いたんです。でも「そのズレを武器にして笑いを取ろう!」と思えたのは、この世界で生きていくことを決めた25歳の頃ですね。いまは「どうズレたら『おいしい』のか」を毎日考えています。
医F:他の人とズレているということは、ある意味辛いことだとも思うんです。それを「おいしい」と思えるのはなぜなんでしょうか?
社A:僕にとって一番気持ちいい瞬間って、舞台上で思い通りの笑いを取れた時なんです。それが一番の快感なんで、そのために自分の「強み」を探していった結果、他の人とのズレに行き着いた、という感じです。
医D:一度スポットライトを浴びた人は癖になって、二度とステージから下りられないと聞いたことがあります。舞台ならではのエネルギーみたいなものがあるんでしょうね。
世間の評価だけに振り回されない
医E:みなさんにとっての成功ってどんなものですか?
社B:ギターを弾ける毎日を送れること自体が既に成功ですね。というのも、僕は高校を卒業した後に、音楽の世界を離れて働いていたんです。その頃は忙しくて全然ギターを弾く時間がなくて、人生で一番辛かった。いまは朝起きて、ちょっとギター弾き出して、ご飯も食べずに気が付いたら日没になっているということもありますが、それが幸せですね。
医F:そうは言っても、有名になって、CDを出して、日本武道館で演奏して、なんてことに憧れませんか?
社B:若い頃は、やっぱりそういう憧れもありました。有名なアーティストのバックで演奏したり。もちろんそれは素晴らしいことだけど、どうしても人の名前を借りてやることになるし、しがらみも出てきます。いつの時期からか、そういうしがらみを脱して自分のやりたい音楽を純粋にやりたいと思うようになりました。
医D:演奏面では自分の好きなことを追いかけられるようになったんですね。医師も、皆が皆大きな急性期病院で働きたいわけではありません。地域の診療所で、町のお医者さんとして働く道を選ぶ人もいます。講師の仕事については、レッスンも自分のやりたい音楽という位置づけですか?
社B:レッスン自体は、自分自身の音楽をやっているという感覚ではありません。けれど、生徒の望む演奏があって、僕は相手と対峙しながら、その演奏をサポートする。そこにやりがいを感じていますし、生徒が「ありがとうございました」と言って満足して帰ってくれると、嬉しいですね。
医E:信頼関係を築きながら、相手が目標に向かうのをサポートするというのは、医師の仕事と似ているところがありますね。患者さん一人ひとりに向き合って、たどり着きたいゴールまで併走するのも医師の仕事ですから。
医F:テレビや舞台って派手な世界のように思いますが、役者にとっての成功とは何なんでしょう?
社A:まずは自分のやりたい舞台をやりながら食っていける、不自由ない生活ができる、ということだと思います。僕自身、いまは演劇だけで生活できないので、舞台とバイトを掛け持ちしている状況ですが、将来的に演劇一本で生活できるようになって、舞台の上でお客さんを笑わせられればそれが幸せだなと思っています。
医D:医師として働くと、基本的には一定以上の収入を得られます。僕自身も周りの医学生も安定志向の人が多いように思うので、やりたいことを追い求めた結果厳しい生活を送るという状況は実感をもってはイメージしにくいですね。
社C:役者とギタリストの2人は、「自分の好きなことをやる」ということと、その結果「お客さんを満足させる」ということの2つを成功の基準にしているように思います。僕たち3人は昔からの友人で、学生の頃はバカ話をしながらも、自分たちが将来やりたいことを語り合っていました。いま2人の話を聞いていて、いまも「好きなことをやる」という考えを貫けていて凄いなと思いました。僕自身は最近、良くも悪くも「好きだから」という理由だけではカメラマンという仕事をやれない気がしているんです。
医E:写真を撮るのが好きでなくなったということですか?
社C:いやいや。仕事の撮影も、趣味でカメラを持ち歩いて撮るのも、両方好きですよ。好きなのは変わらないし、お客さんを満足させることも大事だと思う。でも仕事にするうえではその2つだけでは足りなくて、世間から評価されて初めて続けられると感じているんです。けれど、世間の評価に振り回されるだけだと、今度は自分の写真が撮れなくなってしまいますし、そうすると結果としてお客さんの足も遠のいてしまう。それでは元も子もないので、「自分の好きなこと」と「お客さんの満足」、そして「世間の評価」という三者のバランスをいかに取っていくのかが今後の課題だなと考えています。
医F:医師の仕事は、患者さんから感謝されることも多く、世間からの評価を比較的得やすい仕事だと思います。けれど特に表現の世界では、世間の評価に振り回されると、自分が本当にやりたい表現をできなくなってしまうという難しさがあるんですね。本日は貴重な機会をありがとうございました。
※この記事は、今回お話を聞いた方々の仕事内容にもとづくものです。



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