医学教育の展望
学生が他の職種から学ぶ機会を作る(前編)
学生たちの、潜在的な力を伸ばしていきたい
吉村学先生は、地域で医療者を育てる取り組みの先駆者だ。岐阜県揖斐川町にある山村の診療所で、地域の人たちや様々な職種の仲間たちと1000人近くの医療系学生を育ててきた。そして今春、17年勤めた揖斐の診療所から、出身大学である宮崎大学に赴任した。住民や多職種の仲間の顔が見える地域の総合診療医から大学の教授へ、大胆な転身をした吉村先生が新天地で目指す教育について、お話を伺った。
多職種参加型の「ごちゃまぜ」研修
吉村先生の宮崎大学での使命のひとつは多職種連携教育だ。
「多職種連携においては、医師を頂点とした階級意識が根強く、職種間の心理的な壁が生じることがあります。その障壁を取り払うために、様々な職種の学生が参加する『ごちゃまぜ』研修が有効なんです。」
宮崎に来て初めて取り組む「ごちゃまぜ」研修は、県の最南端にある串間市で行われた。地域医療実習で串間市民病院を訪れている医学生と、隣接する日南市の看護系高校の学生、そして理学療法系の専門学校生が参加し、混成チームをつくる。今回の研修では、実際の患者さんの協力を得て、リアルな事例について多職種で考えるセッションが行われた。グループワークの後には、病棟の患者に実際に会いに行った。
「ポイントは、実際の患者さんに協力してもらうことです。やはり、実際の患者さんを目の前にすると目の色が変わりますね。学生たちはまだ現場を知らないだけなので、機会さえ提供すればすごく伸びるんですよ。潜在的な能力のある学生はたくさんいるのに、大きい組織ではなかなか実際の患者さんと接する機会が作れない。地域の医療機関だから学べることがいろいろあると思います。」
多職種連携の肯定的な原体験を
吉村先生が揖斐川町で多職種が参加する教育を始めたのは5年前。当初は否定的な意見も多かったという。
「初めて看護学生を巻き込んだ多職種連携教育をやったときは、看護側の教員にしこたま怒られました。『ウチの学生に手を出さないでください』なんて言われてしまって。でも、実際に参加した看護学生が『初めて医学生と話すことができて、学ぶことが多かった。こういうことは大事です、面白かったです!』と言ってくれたおかげで首の皮一枚で助かりました。」
このような体験を重ねる中で、多職種連携教育に反発する人は、過去に何か医師との関係にネガティブな体験があるのではないかと吉村先生は思い至った。
「それから僕は『あの実習はなんか楽しかったな』という感覚を持ってもらうことを、大切にしています。『みんなでわいわいやるのは楽しい、そして大事なことなんだ』という原体験をもって現場に出れば、多職種で話し合うこと、協力することに対して肯定的になれるはずだと思うんです。逆に医師や多職種が対立しあう険悪なムード…というのがカンファレンスの原体験だと、現場に出てからもうまくいかないことが多くなってしまうでしょう。」
医学教育の展望
学生が他の職種から学ぶ機会を作る(後編)
「隠れた先生」たちに育ててもらう
過去に揖斐川町で行ってきた学生への様々なアプローチのひとつに、「置き去り研修」がある。訪問診療に同行する研修医を、患者さんのところに「置き去り」にするこの研修は、「愛のあるムチャブリ」とも呼ばれている。
「訪問した先の患者さんの様子がちょっと心配だったり、患者さんの家族が疲れているかなと思ったときに、『君、今からここに居て患者さんと話をしててね』と学生や研修医を置いて帰っちゃうんです。
初めは緊張でガチガチに固まっていても、置き去りにされている間に、患者さんや家族からいろいろな話を聞いて、次第に自分からも話すようになります。時には末期の患者さんのお宅に長居することもあり、初めて家族の思いに触れ、死を肌で感じ、考え…。『死が近い患者さんの家族が、ちょっとしたことで不安になって電話をかけてくる気持ちが初めて分かった』という研修医もいましたね。
そうやって得られるものは、勉強して身につく知識とは異なり、言語化はできませんが、とても大切なものだと思います。
地域の実習で研修医や学生は、看護師などの多職種や患者・その家族といった『隠れた先生』たちからも多くのことを学ぶ。僕の仕事は、その場所をプロデュースすることだと思っています。」
これからの仕組みづくりに向けて
宮崎県は、総合診療医の育成や多職種連携教育の体制が整っているとは言えない状況にある。何もかもが手探りからのスタートだ。まずは大学や専門学校の教員、学生、地域の病院の院長など様々な立場の人と話し、地域の実態やニーズを探るところから始めなければならない。
「でも、全然悲観的な状況ではありません。研修をやっている串間の病院のように、今まで機会がなかっただけで、受け入れてもらえる土壌はあると思います。まずはできるところでやってみて、そこで得た経験を、地域の医療介護関係者たちと共有していけば、協力してくれる人も増えてくるだろうと思います。大学の関係者にも理解してもらって、正規の授業としてこのようなプログラムを導入していくことも必要ですね。
今は荒野に放たれたばかりという感じですが、地域で総合診療医を育てる仕組みをゼロから立ち上げていく過程で、何が大事なポイントなのか、また何が地域に特有の事情なのか…。そういうことを明らかにしていきたいですね。そして、いずれそれを一般性のある教育のノウハウとして発信していきたいな、と思っています。」
(宮崎大学医学部地域医療・総合診療医学講座 教授)
1998年より17年間揖斐郡北西部地域医療センターで地域医療に貢献。2015年より現職。



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