地域医療ルポ
患者さんにもスタッフにも無理のない医療を
宮城県本吉郡南三陸町 歌津八番クリニック 鎌田 眞人先生
日本有数の養殖漁場である沿岸部はリアス式海岸特有の豊かな景観を有する。東日本大震災では死者620人、全壊3,143戸の甚大な被害を受けた。その後も被災者は長期間にわたる仮設住宅での生活を余儀なくされ、震災以前より過疎化と高齢化が進行している。

大きくうねる山道を、車はゆるやかに進む。本日の往診は4件。午前と午後の外来の合間に、町の高台にある家をまとめて回る。高台には、古くからある家だけでなく、東日本大震災の津波被害によって海の近くから移り住んだと思われる真新しい家や、災害公営住宅も立ち並ぶ。
往診は1件あたり10~30分で、一日2~4件程度。鎌田先生はテキパキと診療を進める。看護師と共にバイタルを確認し、近況を聞き、不調の訴えがあれば丁寧に診察し、診断結果を理路整然と説明する。実にスマートだが、そこに冷たい印象は全くない。患者さんも家族も、安心して任せているという様子だ。
往診を終えてクリニックに戻ると、患者さん数人が午後の外来を待っている。外来は完全予約制で、1時間あたり7~8人の患者さんを診る。できるだけ定時に診療を終わらせるようにしている、と鎌田先生。そのきっかけは先の震災だったという。
「あの頃、『復興のためにも何とか頑張らなくては』と無理をして、体を壊す人が少なくありませんでした。思い詰めた挙句、自ら死を選んでしまった知人もいました。医療者も被災者なのだし、僕が長時間働くことでスタッフに負担をかけるのは避けたかった。そのためにはどのような体制にすればいいか考えた結果、“ほぼ”完全予約制にすることにしたんです。」
効率を重視した診療ではあるが、患者さんから不満が出ることはほとんどない。
「よく耳にするのは、『話を聞いてくれない』『画面ばかり見て、私を見てくれない』という不満でしょう? だから僕は、あえて昔っぽい診療をしています。考察はできるだけ紙のカルテに書いて、病気のことだけでなく、生活のこと、仕事のこと、家族のこと、人間関係のことなどをちゃんと聞くんです。仕事の話を聞けば、その人の社会的・経済的状況もわかる。震災以来、経済的に困っている患者さんも少なくないですから、本当に必要な検査以外はなるべく控え、ジェネリック医薬品を使うようにしています。誰もが無理なく医療を受けられるように、工夫してやっていますね。」
そう淡々と語るが、振り返ればいつも――先代の父が体調を崩して診療所を継ぐことにした時も、想定外の大津波で診療所が流された時も、近隣の避難所を回って住民を励ました時も、このクリニックを開設して診療を再開した時も――「目の前の人を放っておけない」という思いで、自らの身の振り方を決めてきた鎌田先生。その静かなる使命感によって、この地域の医療は支えられているのだろう。



(写真中央)町の主要な産業は養殖漁業だという。
(写真右)クリニック外観。大きな看板は出さない。



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