患者に学ぶ

松井 航さん(潰瘍性大腸炎)

協力団体:患医ねっと NPO法人患者スピーカーバンク
インタビュアー:宝田 千夏(昭和大学医学部3年)、陳 英莉(昭和大学医学部4年)

人は“病”をどう受け止め、どう感じ、“病”とどう付き合っていくのでしょうか?この企画では、様々な疾患を抱えながら生活する方々のインタビューを通して考えます。

――発症した時はどんな状況でしたか?

松井(以下、松):大学院を卒業して企業に就職し、仕事も忙しくなってきた28歳の時でした。今までに経験したことのない腹痛とひどい下痢、さらに下血もあったので、これはおかしいと思い、その日の夜に大きな病院の救急外来に駆け込みました。「すぐに入院して下さい」と言われ、5日間の検査入院で内視鏡や血液検査などを行いました。入院中に、医師から「十中八九、潰瘍性大腸炎だろう」と言われ、内服薬による治療が開始されました。私は医療機器関連の仕事をしているのでその病気の名前を聞いたことはありましたが、どんなものかはよく知りませんでした。

ある程度心の準備はしていたものの、医師から「慢性疾患で、ずっと付き合っていかなければならない」「完治する治療法は今のところない」と聞かされたときは、やっぱりショックでした。

――治療しながら仕事を続けていらっしゃるんですね。どんなことに気をつけていますか?

松:退院後は外来に通いながら内服治療を続けましたが、すぐに症状が収まるわけではなく、しばらく腹痛や下痢といった症状が続いていました。症状がある時期を活動期と言いますが、その間はとにかく食事に気をつけなければなりません。仕事中に下痢や腹痛でトイレに行く回数が増えると辛いので、症状が出にくい食事を調べたり、経験から見つけたりしました。例えば、コーヒーや唐辛子などの刺激物や、繊維質の多いもの、脂っこいものは控えるようにしました。会議で何時間かトイレに行けない場合は、その前には全く食べないようにしていました。また、外食は不安だったので、自分で弁当を作るようにもなりました。栄養指導を受ける機会もあったのですが、「脂肪は何グラムまでです」などと数値で言われても実際の料理のイメージは湧かないものです。使える調味料や食材も限られるので、独学で料理を勉強し、食事のたびに試行錯誤していました。食事制限によって、体重はかなり減少しました。

――現在は、症状は落ち着いているのですか?

松:発症から7か月ほどで寛解し、幸いその後は症状なく経過しています。潰瘍性大腸炎は寛解と再燃を繰り返す病気なのですが、再燃したときに早めに気付けるようにと考えて、以前よりも健康管理に気をつけるようになりました。今も毎日薬を飲んではいますが、通院の頻度は2~3か月に1回ほどで、炎症が再燃したらいつでも来てくださいと言われています。

――仕事に対する考え方の変化はありましたか?

松:症状が重い活動期では何をするのも辛かったので、徹夜で仕事を頑張ったり、気合でなんとかするといったことはできなくなりました。だからその分、自分がやるべきこと、やらなくてもいいことをしっかり意識するようになりました。体力が落ちても今までの仕事をちゃんと回せるように、無駄なことをなくし、効率よく仕事するように努力しました。いわゆる「根性論」の人とは衝突もありましたが、自分の体を守るためには仕方がないことだと感じます。

――多様な人を受け入れる職場がもっと増えるといいですね。

誰もが私のように原因不明の疾患に悩まされるかもしれませんし、それはいつかもわかりません。治療にはお金が必要であり、それはずっと続きます。しかし、私のように適切な治療さえ受けられれば大きな心配をすることなく生活を送れる患者もいます。病気の有無にかかわらず楽しく生きられる世の中になって欲しいですね。私も身の回りの人が病気や怪我で苦しんでいたら手を差し伸べられるような人になりたいです。

松井 航さん
医療機器関連の企業で技術職として働いていた28歳のとき、潰瘍性大腸炎を発症。外来で治療を受けながら仕事を続けつつ、患者スピーカーバンクの活動を通じて講演なども行っている。
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