
専門的緩和ケアの3つの現場
在宅緩和ケア 医療法人社団パリアン(前編)

在宅で緩和ケアを行うということ
抗がん剤治療の最中、あるいは積極的な治療をやめた後に、家で過ごすことを選択する患者さんも多いでしょう。内閣府の調査*によれば、「治る見込みがない病気になった場合、どこで最期を迎えたいか」という質問に対し、「自宅」が54.6%で最も多く、次いで「病院などの医療施設」が27.7%という結果も出ています。
しかしながら、在宅を選択するということは、身近に医療機器もなければ医療者もいないということです。そうした状況の中で、患者さんの様々なつらさをどのようにケアするかが、在宅緩和ケアの課題となります。疼痛の緩和や看取りといった医療的なことももちろんですが、死への恐怖に耳を傾けたり、家族の思いを聞き取ったりといった関わりも非常に重要です。
また、急変など、何か起きたときに病院に搬送されれば、結果的に在宅で死を迎えることはできなくなってしまいます。そのため、周囲に救急車を呼ばないように声をかけるなど、患者さんが納得する形で生を全うするための工夫が求められます。
パリアンの在宅ホスピスケア
在宅での緩和ケアを専門とする医療法人社団パリアン理事長の川越厚先生にお話を伺いました。
「私たちは、患者さんと家族が在宅での生と死を納得できる形で全うできるように支援することを目指し、診療所・訪問看護ステーション・訪問介護事業所・ボランティア組織などを運営しています。ケアの主体となるのは主に医師と訪問看護師ですが、介護スタッフやボランティアスタッフと共にチームで関わることで、全人的なケアを提供しています。
在宅への移行にあたっては、相談外来を設けています。相談外来は、患者さんや家族が私たちの提供するケアについて理解し、自分たちの希望を医療者に伝える貴重な場であり、医師や訪問看護師が患者さんや家族の思いを理解する機会でもあります。私たちは、患者さんや家族の疑問に答えるとともに、『在宅がベストな選択なのか』をじっくりと話し合います。」
ホスピスケアという哲学
川越先生はお話の中で「緩和ケア」でなく「ホスピスケア」と仰っていました。ホスピスケアは緩和ケアの概念に含まれるものではありますが、なぜ敢えて「ホスピス」という言葉を使うのでしょうか。
「ホスピスの創設者であるシシリー・ソンダースは、ホスピスを『看取りの哲学』であると定義し、それに基づくケアをホスピスケアとしました。だから私は、ホスピスとは建物のことではなく、死を前にした患者さんを対象とする医療・ケアの哲学や考え方だと捉えています。
例えばホスピスの哲学では、患者さんと家族はひとつのケア対象として捉えられています。病院では通常、患者さんが亡くなったらケアは終わりですが、ホスピスケアの場合は家族(遺族)のためのケアも非常に大切なのです。パリアンでは亡くなって1週間後に医師と看護師が必ず手紙を書き、1か月後にはお電話をし、1年後にはボランティアが命日カードを書いて送ります。また、年に4回ほど遺族の会を開いており、家族を亡くした方が集まって悲しみを共有する機会を設けています。」
*内閣府 平成26年版高齢社会白書

専門的緩和ケアの3つの現場
在宅緩和ケア 医療法人社団パリアン(後編)
患者さん
Aさん
この患者さんは、20年以上C型肝炎の治療を続けてきましたが、5年前に肝臓がんと診断されました。そして昨年2月まで抗がん剤の動注療法を続けていましたが、通院が困難になり、入院することになりました。入院時にCT検査をしてみると、肝両葉に複数のがん腫瘍が認められましたが、肝機能が低下しているため抗がん剤治療は難しい状態だったそうです。そこで患者さんの意向を確認すると、積極的な治療はやめて在宅で療養することを希望したとのこと。こういった経緯を経て、川越先生が診療を行うことになりました。現在は、都内のマンションで一人暮らしをしながら、在宅での療養を続けています。
往診では、痛みはどのくらいかを聞き、病状に波があるということを患者さんに説明します。また、家族や周囲の人とこれからどのように関わっていきたいか、丁寧に意向を聴きます。この患者さんの場合、内縁の妻と娘がいるそうですが、いずれも会いたくないとのこと。また入院している頃は会社の同僚も見舞いに来ていたそうですが、彼らにも知らせないでほしいといいます。患者さんの選択を受け入れ、「僕らが守るよ」と約束する川越先生。さらに話は、ゴルフが趣味であることや、学生時代の部活動でやっていたスポーツのことにまで及びました。
写真右:往診には、研修医の斉藤先生も同行していました。地域医療実習の一環だそうです。
医療法人社団パリアン理事長・クリニック川越院長 川越 厚先生
僕はもともと産婦人科医で、婦人科腫瘍学の専門家でした。再発がんや進行がんの患者さんに対する化学療法を中心にやっていました。
しかし39歳のころ、自身が大腸がんになりました。結腸半切除という大きな手術を受け、しかも腸閉塞になり、その後1週間も経たないうちに再開腹を受けて、生死の境を彷徨ったんです。これは非常につらい体験でした。自分が本当に死ぬとしたら何が大事か考え、家族と一緒にいる時間をたくさんとりたいと思って、大学病院をやめました。やめてしばらくして、当時、在宅医療の領域を切り開いていた先生にお会いする機会がありました。これは面白そうだと思い、在宅でのがん治療・ケアという道に入りました。



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- 医師への軌跡:西脇 聡史先生
- Information:October, 2014
- 特集:緩和の視点 患者の生に向き合う医療
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- 特集:専門的緩和ケアの3つの現場 緩和ケアチーム
- 特集:専門的緩和ケアの3つの現場 ホスピス・緩和ケア病棟
- 特集:専門的緩和ケアの3つの現場 在宅緩和ケア
- 特集:医師に求められる「緩和の視点」木澤 義之先生
- 特集:医師に求められる「緩和の視点」細川 豊史先生
- 同世代のリアリティー:子どもを保育する 編
- チーム医療のパートナー:臨床心理士
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- 10号-11号 連載企画 医療情報サービス事業“Minds”の取り組み(後編)
- 地域医療ルポ:島根県隠岐郡西ノ島町|隠岐島前病院 白石 吉彦先生
- 10年目のカルテ:整形外科 八幡 直志医師
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