医師への軌跡
いくつになっても「未知数」でいられる、
それが医師の特権だと思う
越智 小枝
留学を機に災害医療の道へ
膠原病・リウマチ内科医として都内で働いていた頃、お金がなくてリウマチの治療ができず、そのため症状が悪化して働けない…という悪循環を目の当たりにした。生活習慣やストレスなどを改善することでリウマチの症状がよくならないかと考えた越智先生は、公衆衛生・疫学を学ぼうとイギリスへの留学を決めた。しかしその直後の2011年3月、東日本大震災が起きる。支援に行った方がいいのではと戸惑ったが、同僚から「むしろ公衆衛生を学んでから支援に行く方が被災地のためになる」と諭され、予定通り渡英。
その留学先で、越智先生の価値観は大きく変わった。というのも、「なぜ日本はあれだけの大震災で成功したのか?」と何度も聞かれたのだ。町全体が津波にのまれても、8割の住民が逃げられた。避難所で騒ぎが起きることもなかった。それはなぜなのか、と。日本の災害対応は海外に発信したら価値があるかもしれないと感じた越智先生の関心は、災害公衆衛生の分野にシフトしていった。
帰国後、福島県の沿岸部にある相馬中央病院に赴任。臨床に携わりながら、避難生活が住民に与える影響についての研究にも参加している。震災から3年以上が経った今も、糖尿病や肥満の増加や、筋力の低下、パチンコへの依存など、多くの問題が山積しているという。
地域で専門医の価値を発揮
2014年4月には、10万人が住む相双地区で唯一の常勤の膠原病・リウマチ内科医として、病院に特別外来を開設した。
「地域医療というと、総合診療のイメージがあるかと思います。もちろん何でも診られる医師は必要ですが、より専門的な治療が必要になったときに対応できる専門医も必要です。
知識は学会や論文から得られます。そして技術については、必ずしも全員が最先端を身につける必要はないと思うんです。大学にいても全員が一流になれるわけじゃない。ならば専門医も地域に出て、自分だけが発揮できる価値を見つけるのもいいんじゃないかと感じます。」
キャリアの価値観が変化
相馬で働くうちに、越智先生のキャリアへの考え方は大きく変わったそうだ。
「留学するまでの私は、有名研修病院に行き、大学に戻って博士号を取り、墨東病院で働く…という、いわゆる『順調な』キャリアを歩んでいました。災害公衆衛生の分野に飛び込んだのはいいけれど、周囲からキャリアの道を外れたと思われるのでは…という不安も実はあったんです。けれどここで働いていると、臨床で社会貢献している実感が湧くし、自分の時間があるから、勉強や情報発信もたくさんできる。今の方が医師としてやりたいことをやれているなと感じています。今後も私は、患者さんが『こうしてほしい』と思っていることができる医師でありたいし、かつ、どこにでも行って、自分がやりたいことをやっていきたい。3年後、5年後にどうなっているかは未知数ですが、むしろ何歳になっても未知数でいられることが、医師という専門職の特権なんじゃないかなと私は思っています。」
相馬中央病院 内科診療科長
1999年東京医科歯科大学医学部卒業。専門は膠原病・リウマチ内科。リウマチの環境因子の疫学研究を学ぶための留学が決定した11日後に東日本大震災が発災した。2011年10月よりインペリアルカレッジ・ロンドン公衆衛生大学院に留学。海外の視点から震災を見て、日本の災害教育・災害公衆衛生に興味を持つ。被災地を訪問しながら世界保健機関(WHO)や英国のPublic Health Englandでインターン。2013年11月より現職、翌年4月にリウマチ特別外来を開設。
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