10年目のカルテ

間接的な支援で、より多くの人を助けたい

【精神神経科】
大江 美佐里医師(久留米大学医学部神経精神医学講座)-(前編)

臨床・教育・研究に従事

柳田先生

――先生は大学病院で、臨床だけでなく後輩の指導や研究にも携わっているそうですね。

大江(以下、大):はい。臨床・教育・研究の全てに携わっています。週に2.5日は患者さんの診療を行い、1.5日は大学の保健管理室で、学生と大学教職員のメンタルヘルスのケアを担っています。保健管理室では、主に大学病院で働く看護師の話を聞くことが多いですね。そして、その他の時間で大学の講義を担当したり、自身の研究を進めたりしています。カウンセリングセンター長も兼務しており、非常勤の臨床心理士20名の管理業務を行っています。

――かなり幅広い業務を行っているんですね。病棟で指導医も4年経験されているとのことですが、精神科の専門性とはどのようなもので、どうやって高めていくのでしょうか。

大:精神科の診療では、脳波や採血などの検査結果を参考にしながら、診察中の対話を通して疾患を診断し、治療の方針を立てられるようにならなければなりません。臨床研修では、研修医は患者さんに同意を得た上で指導医と一緒に面接に入り、指導医の対話を見てその方法論を学びます。面接が終わった後には控室で振り返りをします。最初はどうしても話す内容にばかり気を取られてしまいますが、患者さんの話や思考のパターンを考えながら話を聞くよう指導しています。患者さんに拒否感を与えず、自ら話したいと思えるような関係を築くことが大切です。難しいですが、そうした信頼関係の構築が精神科の診療の醍醐味でもありますね。

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10年目のカルテ

間接的な支援で、より多くの人を助けたい

【精神神経科】
大江 美佐里医師(久留米大学医学部神経精神医学講座)-(後編)

PTSDの研究に携わる

――先生は心的外傷後ストレス障害(PTSD)について研究をされていますが、どのような経緯でそのテーマを選ばれたのでしょうか?

大:児童相談所の嘱託医を経験したり、母子生活支援施設の顧問を務めたりしたことで、虐待や性被害、家庭内暴力などのケースに触れる機会が多かったのが、きっかけのひとつです。また、自傷や過量服薬の患者さんを診ることがあまり苦手ではなかったので、自然に私のところにそういう患者さんが集まってきたという経緯もあります。この分野に絞ろうと思ったというよりは、だんだんと絞られてきたというような形です。

――あまり専門の先生が多くない分野だと思うのですが。

大:そうですね。日本トラウマティック・ストレス学会という学会があり、会員も2千人ほどいるのですが、この分野を専門にやっているという医師は多くないですね。トラウマの概念は一様ではなく、単純な加害・被害では済まないところがありますので、難しい分野だと思います。ただ、阪神・淡路大震災後に設立された兵庫県こころのケアセンターがこの分野の研究と教育を担ってきたことで、日本独自の知見も蓄積されてきています。東日本大震災の後には岩手・宮城・福島に新しくセンターが設立され、私もふくしま心のケアセンターの顧問になりました。

――福島では主にどのような業務を担っているのですか?

大:主に支援者の支援というかたちで関わっています。センターの運営は、もともと福島にいた医療者や行政職の方々が中心となって行っているため、ご自身も被災者であるにもかかわらず、市民から非難や批判を受ける立場になり得るという難しさがあります。支援に携わっている方々のお話を伺い、その疲弊を緩和していくのが私の役割です。2~3か月に一度往訪し、支援者の方々の会合に出席したり、医師・保健師をはじめとする医療者にスーパーバイザーとして助言などをしています。

支援者を支援していきたい

――多くの医療者が、直接的に患者さんに働きかけたいという気持ちを持っていると思うのですが、先生はむしろ、ケアをする人たちに働きかけるという間接的な立場ですね。

大:そうですね。もちろん直接支援することも非常にやりがいがあると思います。ただ私は、間接的に支援をする方が、結果的に広い範囲の人を支えることになるのではないかと考えているんです。精神科は、患者さんを長期的に診ていくことが重要な分野です。しかしその間、医師が一人で診療することも多く、診療の内容がオープンになりにくいという側面があります。私は自らが得てきた知見をなるべくオープンにして多くの人に伝えていくことで、支援者の方々が実際に支援を行うためのヒントを提供できるのではないかと考えています。そうした知見を提供しながら支援者を支援し育成していくという仕事は、とても面白いと感じています。

――今後のキャリアについて、どのように考えていますか?

大:スイスに留学していた頃の研究チームと共に、日本とスイスで看護師のPTSDの調査を行って、データを国際比較するプロジェクトを計画中です。あとは後輩の指導に力を入れていきたいですね。自分を伸ばすためというよりも、他の人が伸びていくための手伝いができたらいいなと考えています。

大江 美佐里
1995年 筑波大学医学専門学群(当時)卒業
2015年1月現在
久留米大学医学部
神経精神医学講座 講師

No.12