医学教育の展望
人生経験を医療・医学に活かせる仕組みを作る
(前編)
学生たちが相互に学び合える環境を
他者の人生に深く関わり、大きな影響を与える立場にある医師には、学力だけではなく幅広い視野が求められる。読者のみなさんの多くも、医学部入試において小論文や面接などで、学力以外の適性を問われた経験があるだろう。
閉じられたコミュニティで6年間を過ごすため視野が狭くなりがちと言われる医学部に、多様な人材を確保するべく実施されているのが学士編入学制度だ。
学士編入学制度は、一度大学を卒業し、学士号を取得した人が、試験に合格することで、他の大学の2年次・3年次に入学できる制度だ。現在、国立大学と私立大学を合わせて35を超える医学部がこの制度を実施している。
わが国において医学部学士編入学制度は1970年代に始まり、1990年代の後半から急速に広がってきた。その中で、東海大学医学部は比較的早い時期の1988年から学士編入学枠を設けている。
今回は、東海大学医学部長の今井裕先生に、東海大学医学部における学士編入学の歴史や、そのねらいを伺った。
アメリカのメディカルスクールを参考に
日本では、高校卒業後すぐに医学部に進学するのが一般的だが、アメリカでは4年制の大学で学士号を取得してからメディカルスクールに入学する。東海大学の学士編入学制度は、これを意識したものだという。
「東海大学医学部は、1988年にハーバード大学のメディカルスクールを参考にした独自のカリキュラムを作りました。その際に視察に行った先生方は、目的意識が強く、医学以外の分野の知識が豊富で、より人間的に成熟したアメリカの学生たちのレベルの高さに感銘を受けたそうです。
その経験から、様々な経歴を持った人の人生経験を医学・医療に活かせる仕組みを作ることで、日本全体の医学・医療がより良くなれば、と思うようになり、日本の教育制度に合わせた仕組みを作ったのが私たちの学士編入学制度の始まりです。」
間口を広げて、多種多様な人材を獲得
2015年現在、東海大学医学部は他大学より比較的多い20人の学士編入学生を募集している。また、理系出身者に限らず、様々な経歴を持った学生に受験の機会を与えている(図)。
「学士はもちろん、大学在学中・短期大学卒業・高専修了者・専門学校修了者まで広く門戸を開いています。さらに、年齢制限の撤廃、文理系を問わない編入学試験(表)という新たな枠組みづくりにも積極的に取り組んできました。
医師の学びとは、いわゆる理系の分野の学問だけできれば良いというものではありません。総合的な学問として、人間性や人生経験などもやはり必要なのです。入試の際に問われる能力も、多様でいいのではないかと考えています。例えば、第一次試験で課している適性試験では、数学的思考を問うような問題から倫理や社会問題など、幅広い分野を問うようにしています。」
医学教育の展望
人生経験を医療・医学に活かせる仕組みを作る
(後編)
多様な人材を混ぜて、学び合いの環境を作る
東海大学医学部では、2年次からは一般入試・付属高校からの進学・地域枠・学士編入という、異なる背景を持つ学生たちが共に学ぶことになる。実習などのグループ分けの際には、あえて彼らを混ぜたグループを形成することにしているという。
「ねらいは、学び合いの効果です。20歳前後の若い学生たちは、社会人経験者の物事の捉え方や勉強の方法など、様々な面から刺激を受けて成長していきます。化学や薬理学の専門知識を持った編入学生が講義をしてくれることもあります。教えるというのは非常に高度な学習ですから、教える側にとっても教わる側にとっても良いことですね。また、他の医療職出身の学生から『医師に聞きたかったこと』を聞く機会もあり、多職種連携という観点からも、得難い体験だと思います。
医学部に限らず、今の学生は同世代以外の人とコミュニケーションをとる機会が少ないですよね。でも、社会に出たら様々な世代の人と仕事をすることになりますし、医師は特に幅広い世代とのコミュニケーションが必要な職業です。様々な経歴の同級生たちと一緒に学ぶ中で、異なる背景や価値観を持った他者を理解するという、医師にとって必要な能力も身につけていってほしい。それは、編入学生にとっても同じだと思います。お互いから学び合って、自分を高めていってほしいですね。」
変化する時代の中でも、変わらない思いを持って
学士編入学制度は、実際には生徒たちにはどのように受け止められているのだろうか。また、東海大学における医学教育の今後の展望を最後に伺った。
「学生から、学士編入に対する不満などは聞いたことがありません。例えば試験勉強でも、年長の編入生がリーダーシップを発揮して『みんなで頑張ろう』という雰囲気を作っていて、一般入試で入ってきた学生たちも編入生を頼りにしています。そのことが、学士編入が上手くいっている何よりの証拠だと思いますし、実際これは『学力向上』、『医師国家試験合格率の向上』などの実績として現れています。だからこそ、25年以上学士編入を続けているんです。
医学教育をめぐる状況によって、今後も募集人数が増減する可能性はあります。しかし、私たちが『良医』の資質のひとつと考えている『広い視野と、様々な経験を生かす事のできる成熟した精神』を養う場をこれからも提供することで、日本の医療・医学がより良くなってほしいという思いは変わりません。」
(東海大学医学部長/専門診療学系 画像診断学 教授)
2001年東海大学医学部入職。2010年東海大学医学部長に就任。
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